名脚本家の母の介護で「限界が来て」…利重剛が13年ぶりの映画監督復帰で取り戻した原点

映画監督で、名バイプレーヤーとして数多の作品に出演する利重剛が、13年ぶりとなる監督作『ラプソディ・ラプソディ』(5月1日公開)を完成させた。国内外の映画祭で高い評価を得てきた才能が、なぜこれほど長い間メガホンを置くことになったのか。その理由とは……。

インタビューに応じた利重剛【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じた利重剛【写真:ENCOUNT編集部】

「もう撮らなくてもいいと…」利重剛が語る13年の空白

 映画監督で、名バイプレーヤーとして数多の作品に出演する利重剛が、13年ぶりとなる監督作『ラプソディ・ラプソディ』(5月1日公開)を完成させた。国内外の映画祭で高い評価を得てきた才能が、なぜこれほど長い間メガホンを置くことになったのか。その理由とは……。(取材・文=平辻哲也)

「映画にしたい脚本は何本もあったんです。でも、ここ近年は、どうしても映画をやらなきゃという気持ちを持たなくてもいいかなと思っていたんです」と本音を漏らす。

「このミステリーがすごい!」第8回大賞を受賞した中山七里の同名小説を、橋本愛が主演で映画化した前作『さよならドビュッシー』が公開されたのは2013年。それから13年、利重は監督として映画を撮らなかった。

「僕らの時代は映画が人生を支えてくれたから、『映画に恩返しするんだ』という気持ちがありました。でも今はスマホもゲームもあるし、自分で発信したければYouTubeもある。機材が発展してセルフドキュメンタリーのような何年間かの記録が映画になったり、面白い映像がいっぱいある。だからわざわざ自分が撮らなくてもいいや、というところがありました。プロデューサーの中村高寛君とお金を集めていた時期もありましたが、うまくいかなかった時に『もう時期じゃないんだ』と流したこともあったんです」

 心境の変化に加え、現実的な壁も立ちはだかった。母であり、「3年B組金八先生」などを手がけた名脚本家・小山内美江子さんの介護だった。

「2018年頃から母親の介護が本格的に始まりました。リハビリのために老人ホームに入ってもらったり、コロナ禍で家に一度戻して介護したりしたんですが、やはり限界が来て、またホームに入ってもらったりと色々ありました。その時期は、とてもじゃないけど精神的にも時間的にも映画に向かえる状況ではありませんでした」

 そんな日々の中、母が施設に入り少し余裕ができたタイミングで、中村プロデューサーから「今の利重さんの映画が見たい。自分がプロデュースするからやりませんか」と再び声がかかった。

「そこから、じゃあ自主映画だけれど、高校の時に8mm映画を作った時と同じように一から全部やってみるか、と始まりました。スタッフ集めから映倫への審査申請まで、大体人に任せてしまう部分まで含めて自分でやれたのが、原点に立ち返ったみたいで楽しかったです」

 本作の脚本自体は10年以上も前に完成していたもので、数あるストックの中から「自分が一番観客としてこの映画を見たかった」という理由で選んだ。中学・高校時代に夢中で見ていた70年代・80年代のアメリカのニューヨーク・コメディーのような感覚を大事にし、映画館の暗闇の中で「さあ始まるぞ」とワクワクできる作品を目指したという。

 本作は、絶対に怒らない男・夏野幹夫(高橋一生)と、彼との婚姻届を勝手に出していた破天荒な女・繁子(呉城久美)の不器用な愛を描く都会派コメディー。幹夫は過去のトラウマをきっかけに自ら生み出した「絶対に怒らない」などの決めごとに縛られて生きており、一方の繁子も「私は私が嫌いです」と手紙を残して姿を消してしまうような孤独で不器用な過去を抱えている。

「10数年ぶりの作品だからといって構えて見られるのは嫌だったので、肩肘張らない気楽なコメディーになるといいなとずっと思っていました。変だけどリアルな人たちが、不器用なんだけどちょっとずつ近づいていく話です」

 長い空白期間と介護という現実を経て、映画作りの「初期衝動」を取り戻した利重監督。気負うことなく等身大の思いを詰め込んだ本作には、彼ならではの穏やかで温かな視線がたっぷりと注がれている。思い通りにならない人生や不器用な大人たちの姿を丸ごと肯定してくれるような優しい物語は、現代を生きる私たちの心に深く、そして静かに沁み渡るはずだ。

□利重剛(りじゅう・ごう)1962年7月31日、神奈川県生まれ。81年、自主制作映画「教訓Ⅰ」がぴあフィルムフェスティバルに入選し、同年公開の映画『近頃なぜかチャールストン』で主演・共同脚本・助監督を務める。89年『ザジ ZAZIE』で劇場用映画監督デビュー。95年『BeRLiN』で日本映画監督協会新人賞受賞。俳優としても数々の話題作に出演し、近年の主な出演作は映画『たしかにあった幻』、など。公開待機作に『未来』(5月8日公開予定/瀬々敬久監督)、『おばあちゃんの秘密』(2026年初夏公開予定/今関あきよし監督)がある。

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