“ゲージツ家”篠原勝之さん、84歳で死去 独特話術で『いいとも』レギュラー2年…亡くなった当日朝に「アバヨ。KUMA」

芸術家でタレントの篠原勝之さんが今月17日に亡くなっていたことが25日、分かった。この日、篠原さんのインスタグラムが更新され、訃報が伝えられた。84歳だった。篠原さんは1980年代から2000年代にかけて多くのテレビ番組に出演。自らを「ゲージツ家」と称し、「クマさん」の愛称でも親しまれていた。

篠原勝之さんが死去【写真:写真AC】
篠原勝之さんが死去【写真:写真AC】

たけし、さんまとも共演多数

 芸術家でタレントの篠原勝之さんが今月17日に亡くなっていたことが25日、分かった。この日、篠原さんのインスタグラムが更新され、訃報が伝えられた。84歳だった。篠原さんは1980年代から2000年代にかけて多くのテレビ番組に出演。自らを「ゲージツ家」と称し、「クマさん」の愛称でも親しまれていた。

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 篠原さんのインスタグラムでは、白い蓮(はす)の花の上で蜂が飛ぶ画像が添えられ、訃報を公表した。

「篠原の体調についてご心配をおかけしておりましたが、4月17日に他界いたしました。いつもあたたかく見守っていただき、お力添えを賜りましたことに、心より感謝いたします。ありがとうございました。本人の遺志により通夜葬儀は行わず、20日に親近者で旅立ちを見送りました」

 その上で「ヒトからどう見られようと、どんな時も、今おかれている状況を面白がって、一生懸命に力のかぎりを尽くす。その在りようは最後の最後まで変わりませんでした」とその生きざまを記し、「『残っている力をぜんぶ出しきって終わりたい』語っていた通りに離陸(晩年、好きで使っていた言葉です)しました」と報告した。

 そして、篠原さんが亡くなった日の朝、口頭でファン、関係者に残したメッセージを記した。

「ついにね、オサラバの時が きちゃったよ。いろいろ、みんなに親切にしてもらって ありがとう。いっぱい感謝して、旅にいきます。アバヨ。KUMA」

 篠原さんは北海道・室蘭市生まれ。武蔵美術大を中退し、1970年代は劇作家の唐十郎氏が主宰する状況劇場のポスターや舞台美術を担当。芸能界で縁ができた中、83年にフジテレビ系『笑っていいとも!増刊号』に出演して独特の話術が注目され、85年4月から87年9月にかけては同局系『笑っていいとも!』で木曜レギュラーを務めていた。その他、ビートたけし、明石家さんまとの共演を重ねていた。

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