『アークナイツ:エンドフィールド』はまだ本気を出していない 前作同様の“遅咲き”に懸かる期待
GRYPHLINEが手掛ける3Dリアルタイム戦略RPG『アークナイツ:エンドフィールド』(PlayStation 5 / iOS / Android / PC)が2026年1月にサービスを開始し、現在はVer.1.1のただ中だ。11日には1.2のアップデート予告番組がYouTube上で放送され、17日より新バージョンに更新される予定となっている。

元祖『アークナイツ』を基準に『エンドフィールド』の今後を考察
GRYPHLINEが手掛ける3Dリアルタイム戦略RPG『アークナイツ:エンドフィールド』(PlayStation 5 / iOS / Android / PC)が2026年1月にサービスを開始し、現在はVer.1.1のただ中だ。11日には1.2のアップデート予告番組がYouTube上で放送され、17日より新バージョンに更新される予定となっている。
リリースから3か月弱とは思えぬボリュームが展開されており、ユーザーはストーリーに工業(※)に探索にと大忙しの日々を送っている。予告番組ではアップデートの詳細も明かされ、ますます盛り上がりが期待される『エンドフィールド』だが、オリジナル版となるスマートフォン向けRPG『アークナイツ』をプレイ済みの経験から推察すると、おそらく本作はまだ本気を出していない。この記事では、前作から続く傾向を踏まえつつ、『エンドフィールド』の展望について考える。
※フィールド上の土地を開拓し、発電→送電→生産の全行程を組み上げていくシステム。
前作の『アークナイツ』を指して、海外のコミュニティ、たとえば『Reddit』などでは“slow-burn”と表現されることがある。読んで字のごとく、「あとから盛り上がる・面白くなる」というゲーム体験を説明したものだ。
『アークナイツ』は一般的に“Pay to Win”(課金で攻略する)とされるコンテンツと対照的に、メインストーリーを含めたコンテンツを進めるのが難しく、時間をかけてテクニックやキャラクター(ジョブを含む)ごとの仕様を習得しなければならない。お金を投じたからといって即座にエンドコンテンツをクリアできるとは限らず、コラボイベントを入口にゲームをインストールした新規層が1週間で挫ける、というケースはこれまで何度も確認されている。

『エンドフィールド』にもこの特徴は少なからず引き継がれているように感じる。『アークナイツ』のようにメインシナリオを進める上で挫折しかける経験(たとえば8章ボス戦:JT8-3)はVer.1.1の段階ではないが、工業に関してはなかなかハードなコンテンツだ。
大量のチュートリアルをストレスなく読み込み、可処分時間を躊躇なく捧げられた人はそう多くないのではないだろうか。筆者のフレンドを眺めると、『アークナイツ』経験者に比べて、『エンドフィールド』で初めてシリーズに触れたユーザーのアクティブ率が減っている体感もある。
しかし“slow-burn”は間違いなく本作の魅力のひとつであり、開発者の舵取りは困難極まりないだろう。そこで、その遅咲きっぷりに伴走すべく、ストーリー設計を起点にひとつ提案をしたい。

シリーズの素晴らしい点はたくさんあるが、個人的には“ゲームをプレイする最も大きな動機”がシナリオにある。SF的要素を孕みながら圧倒的な多層構造を持つ世界観。
『アークナイツ』では「テラ」と呼ばれる舞台で繰り広げられる群像劇に、我々は現実さながらのロマンと奥深さを見ることができる。劉慈欣の小説『三体』が世界的にメガヒットして以降、中華SFの特徴のひとつとして土着的で複雑化した社会の描写はさまざまなクリエイターに継承されているように見える。『アークナイツ』も、広義においてはその系譜の上に置くことができるのではないか。
テラで暮らす人々も揃って業を抱えており、多層的な社会の中で差別や格差と戦いを強いられている。そうした過酷な状況下で遮二無二生きようとするものだから、人を善悪の二元論で語るのが極めて難しい。
キャラクターの例を挙げれば、タルラ、リード、ドロシーあたりは禊を求められてしかるべきだが、迷いなく断罪できるユーザーも少ないだろう。納得や共感は難しいが、理解と同情は向けられる。彼女らは権力勾配の下からどうにか這い上がろうとして、その結果悲劇のド真ん中に立ってしまった“被害者”でもあるのだ。
先に言及した第8章のボスはまさにタルラ(コシチェイ)なのだが、激戦を終えたあとの虚無感は、映画でいうケン・ローチやダルデンヌ兄弟作品のそれに似ていたかもしれない。章末のアウトロで出現するスチールに、空っぽなバケツに小石を投げられたような侘しさがあった。

『エンドフィールド』でも見えてきた真骨頂
そして、この“えぐみ”とも言える真骨頂が、『エンドフィールド』でも見えてきた。Ver.1.1で実装されたタンタン周りのストーリーは「これぞアークナイツ」とも言うべき内容だった。
タンタンと兄貴分のルアン・イーの生い立ちと置かれている状況は、構図としてタルラとチェン・フェイゼに似ている。それぞれの立場は異なるものの、外的要因によって過酷な運命を背負わされ、片割れが邪道に堕ちてしまうところは共通する。
ルアンとタンタンが属する清波砦は武陵城と敵対しているが、民族的なルーツを辿ると両者は類似している。そしてその事実を知っているのはルアンだけで、本人がその対立構造の最前線に行ってしまう悲惨さ。誰もほどけずに複雑化した社会の中で、理不尽な目に遭いながらそれでも前を向くタンタンは、『アークナイツ』で我々が愛してきた美しき人間の姿を体現していた。

とはいえ改めて強調したいのは、ここへ来てやっと「見えてきた」段階であるということ。主観的な言い方に聞こえるかもしれないが、まだストーリーの粗が目立っており、物語に必要な説明が十分ではない部分もある。先述の清波砦と武陵城の対立は本編から10年前の事件が主な要因なのだが、描写不足感が否めず、理由の説明はできるものの感情がやや追いつかない場面はあった。
ルアンとの敵対にしても、この兄貴分の心理描写もやや不明瞭で、やはり説明はできるがマインドが彼に寄り添えないところがあった。その上で繰り返すが、対社会という点においては“アークナイツらしさ”を十分に感じることができた。
そして『アークナイツ』の最初期を振り返っても、類似する状況はあったように記憶している。そもそも両作の主人公は共に記憶を失った状態からスタートするので、まさに「不明瞭」にならざるを得ない部分もあるのだ。
そして“slow-burn”よろしく、シナリオもまたゆっくりと世界の仕組みや歴史が明らかになる上で強度を増し、8章のようにユーザーの胸にデカい穴を開けるカタルシスをもたらすのである。

重厚なサイドストーリー、たとえば『ウォルモンドの薄暮』のようなシナリオが出てきたのもリリースから少し経ってのことだった。『アークナイツ』グローバル版の配信がスタートしたのが2020年1月で、『ウォルモンドの薄暮』の実装は同年10月。そしてまさに物語の「要因」を描写するために書かれたような『闇夜に生きる』の実装は12月だった。
『エンドフィールド』は全世界同時リリースだったことから、中国でサービスが先行している『アークナイツ』と比較しても開発陣のリソース整理に時間がかかるかもしれない。最適化できるのはもう少し先だと仮定すると、やはり長い目で見る必要がありそうだ。
それでも、『アークナイツ』が辿ってきた足跡を振り返ると、そのゆっくりとした筆致に期待せざるを得ない。工業に打ちひしがれたユーザーにも、迷いなく勧められるどん底からの希望だ。
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