はるな愛、家も借りられず月給500円の過去 35歳での大ブレイクを涙で回顧「死なないで良かった」
タレントのはるな愛が11日、MBS『おしゃべり小料理ゆみこ』に出演。おかみとしてゲストを迎える有働由美子アナウンサーに上京時からの話を打ち明けた。

MBS『おしゃべり小料理ゆみこ』
タレントのはるな愛が11日、MBS『おしゃべり小料理ゆみこ』に出演。おかみとしてゲストを迎える有働由美子アナウンサーに上京時からの話を打ち明けた。
松田聖子のファンで自身もアイドルに憧れたはるなは、ショーパブのステージに立つようになり、高校を中退。芸能界を目指して上京したが、苦しい日々が待っていたという。
はるなは「(家の)内見に大家さんと一緒に行ったときに、『お嬢さんみたいな人に借りて欲しいわ』って言うから、『私も日当たり良くて、ここを借りたいです。申込書を送らせてください』って言って(本名の)大西賢示で書いて送ったら、『ウチは家族がいるんで、そういう人は困ります』って理由で大体、断られる」と振り返ると、有働アナは「そう言う理由で断られるんだ」と驚いた。
家だけでなく、アルバイトの選択肢も少なかったという。はるなは「ビルの清掃とか」という一方で、辞めてきた大阪の店に義理立てし、ニューハーフの店には行かないと決めていたとも明かした。「月500円っていう給料がずっと、8か月ぐらい続いたかな」と振り返り、「貯金があったからいけたけど、家賃も払って。貯金もいよいよ40万円になったとき、それで居抜きのスナックを借りてバーを始めたのが(その後の)きっかけだったんですけど」と話した。
当時、ブレイクしていなかった森三中、いとうあさこ、椿鬼奴らが集まり、「テレビに絶対出たい」という話をしていた際、「私も出たいねん」と加わっていたというはるな。ところが「芸能界と水商売で真反対のような」気になり、心が折れそうになっていたと本音を吐露した。転機は35歳で、のどを痛めたときだったという。
「声が出ないなら、口パクとダンスで楽しませよう」という発想の転換で“エアあやや”が生まれて一気に人気者になったという。有働アナから「アイドルになりたくて、あややの完コピに行きついたわけじゃないですか。そっちでも大ブレイク。(夢は)達成できたんか?」と聞かれると、はるなは「あのときは3日に1時間とかの睡眠時間で。新幹線に乗っても横に記者の方がおられて。来月の雑誌のインタビューを入れ替わりで1時間ずつ大阪までとか(受けていた)」と回想。
有働アナが「そうなんや」とびっくりすると、はるなは「衣装で移動してそのままテレビ局っていうこともあったので」と発言。有働アナが「めっちゃアイドルやん。『(ザ・)ベストテン』とかの新幹線出るとこで歌うヤツ」とテンション高く反応すると、はるなは「そう」と子どものころにやったアイドルごっこを思い出したと告白。
「新幹線がトンネルを通る時、真っ暗になって(窓に)自分が映るんですよ。そのときに自分に『良かったね。死なないで良かったね。頑張ったね』って何回も言いました」と言いながら涙ぐむと、有働アナは「ホンマに~」と優しく返した。
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