ダルビッシュ翔、西成で炊き出しを続けるワケ 「ボランティアやったら日本一目指せる」

大リーグ・パドレスのダルビッシュ有投手の弟・ダルビッシュ翔さん(33)が大阪の西成でボランティアの炊き出しを始めて1年が過ぎた。毎週木曜日の夕方に食事をふるまい、社会的弱者や困窮者をサポートする活動を続けている。10年前は、格闘家として金網やリングに上がっていた翔さんはなぜ、善意の活動に取り組むのか。実際の炊き出しの様子を取材し、本人の思いを聞いた。

西成の三角公園で牛丼をふるまうダルビッシュ翔さん(左)【写真:ENCOUNT編集部】
西成の三角公園で牛丼をふるまうダルビッシュ翔さん(左)【写真:ENCOUNT編集部】

社会的弱者や困窮者をサポート

 大リーグ・パドレスのダルビッシュ有投手の弟・ダルビッシュ翔さん(33)が大阪の西成でボランティアの炊き出しを始めて1年が過ぎた。毎週木曜日の夕方に食事をふるまい、社会的弱者や困窮者をサポートする活動を続けている。10年前は、格闘家として金網やリングに上がっていた翔さんはなぜ、善意の活動に取り組むのか。実際の炊き出しの様子を取材し、本人の思いを聞いた。(取材・文=水沼一夫)

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 まだ強い日差しが照り付ける中、西成の三角公園に翔さんの大きな声が響いた。「暑いから始めましょうか!」。予定時間の午後5時より、まだちょっと早い。七夕のこの日のメニューは玉ねぎたっぷりの牛丼だ。すでに100人以上が並んでいた長蛇の列は、翔さんの合図を受け、ゆっくりと前に進んだ。

 この場所で炊き出しを始めたのは、昨年の7月だった。それから一度も欠かすことなく、週1回のペースで開催し、49回目を迎えた。主菜のほか、野菜ジュースやお茶が入ったビニール袋も手渡す。翔さんは自ら容器に肉を盛りつける。「やってみたらすごい良くて自分に合っていた。石原軍団みたいな感じですよ、ホンマに」。翔さんはそう言って笑みを浮かべた。

 きっかけは新型コロナウイルスだった。「コロナ禍で炊き出しがすごい減ったんですよ。当時この三角公園でも週に3、4回、炊き出しがありました。でも、みんなやめちゃった。じゃあ、僕のところで炊き出しをやろうと思いました」。知人に頼み、東京で炊き出しを体験させてもらい、ノウハウを学んだ。

 人助けへの漠然とした思いは少年の頃からあった。「ちっちゃい頃から1年に1回、夏に(父の母国)イランに行くんですよ。イランでおやじと散歩していると、道に寝ている人が多い。僕はいつもおやじに『ちょっとでもお金あげてよ』と言っていました。何かほっとけないというか、無視できない。そういう性格なんでしょうね。今でもそうなんですよ。困っている人がいたら助けたいなって」

 西成は日雇い労働者の街として知られ、犯罪や貧困、薬物など、あらゆる社会問題と切り離せない歴史がある。暴動が起きたこともあり、三角公園近くの西成警察署は要塞のような鉄製のドアが威圧感を放つ。翔さんも最初は「治安が悪い怖い街」と印象を抱いていた。しかし、“住民”と接してみると、それが先入観であることに気づいた。「来てみたら全然。一番人間らしい街やし、一番温かいです。もめたりもあるけど、この街はええ街ですよ。僕は一番好きな街ですよね」と言った。

 自身のことを「世の中のはみ出し者として、ずっと生きてきた」と回顧する。西成に集まる人も境遇はさまざまだ。「ホームレスだけじゃなくて、人生で悩んでいる人いっぱいいるじゃないすか。今しんどいなとか、家族を亡くしたり、人に言われへん何かがあったり、仕事辞めてここに一時的に来ている人もいる。炊き出しを見て、頑張れるかもしれない。何かが伝われば、魂が伝わればいいかなと思ってやっていますね」。表舞台に出られず、ひっそりと暮らしている人もいる。それでも、「この人たちと向き合っていきたい。どこか似ている感じがしているから」と決めている。

ボランティアへの思いを語った【写真:ENCOUNT編集部】
ボランティアへの思いを語った【写真:ENCOUNT編集部】

役割は「客寄せパンダ」 広がる賛同の声

 最初は地元の仲間に声をかけ、20人ほどでスタートした。善意の行動とはいえ、仕事を休んで参加する人もおり、影響は少なくない。「みんなにマジで感謝ですね。これが一番強いかも分からない。みんながいないと絶対にできないので」と力を込める。

 炊き出し1周年のメニューは、初回と同じカレーにした。1年前、自らも台所に立って包丁を握ったが、不慣れな調理で未完成のまま提供した。利用者からは「さすがにちょっとこれはあかんわ」と声が上がるほど、ほろ苦い経験となった。しかし、今では専門のスタッフがおり、栄養にも工夫をこらす。用意するのは350人分。「1回で30キロの米を使う。何回もとぎ直さないといけない」

 味付けも好評だ。牛丼をほお張った中年男性は「おいしいです。糖尿持っているから(薄味で)ちょうどいいです」と舌鼓。別の高齢男性は炊き出しが始まるや、すぐに仲間に連絡を入れ「今回は牛丼。今から速攻、来たほうがいい。もう終わっちまうぞ」と誘った。西成にとっても、欠かすことができないイベントの1つとなっている。

 最初は活動資金も持ち出しが多かった。回を重ねるごとに賛同者が増え、今では食材が全国から届く。協力企業や個人には頭が上がらないという。「例えばタマネギをくださいって募集をかけたら、90キロとかすごい数が来たりするんですよ」。自身を「客寄せパンダ」と呼び、旗振り役として調達と情報発信を担う。トラックや寸胴鍋も無償で提供を受けた。ボランティアの人数は増え、現在では2割がSNSでの投稿などを見て、参加している。

 目指しているのは活気のある炊き出しで、「塩分ちゃんと取ってね」「来週はマーボー豆腐ね」と掛け声が飛び交う。スタッフは袋やトングを持って、ゴミが散乱しないように気を配っている。「ゴミのポイ捨てをしたら僕らがやったことでこうなってるって言われちゃうので、ゴミだけは徹底して捨てています」と翔さんは伝えている。

大勢の仲間が炊き出しを手伝っている【写真:ENCOUNT編集部】
大勢の仲間が炊き出しを手伝っている【写真:ENCOUNT編集部】

ダルビッシュ有の反応は?

 家族はボランティア活動をどう思っているのだろうか。

 兄・有の反応について、翔さんは「いいことしているなという感じですかね。炊き出しも最初のころは『寄付したろか』みたいな話をしてくれました。結局、自分たちでやりましたけどね。アニキの会社からも『ちょっと応援させてくれ。それで少しでも多くの人たちがご飯食べれるんだったら』という言葉をもらったし、すごい応援してくれてますね」と話した。

 この1年、継続することを考えてきた。「大雨でもやっていますよ。1人でも、2人でも、やっぱりあてにしてる人がおるから」。やりがいと使命感を感じ、西成は翔さんにとって新たな居場所になった。

「日本は仕事でも何でも日本一になるのは難しい。でも、ボランティアやったら日本一目指せるやろって思っています。いや、ホンマにこれだけは。やっぱり何でも一番がいいから。人のために動くっていうのは一番になれる自信があるので、どんどん広げていきたいなって」と胸を張った。

□ダルビッシュ翔(だるびっしゅ・しょう)1989年3月12日、大阪・羽曳野市出身。父はイラン人。2012年、Dark翔のリングネームで総合格闘技デビュー。現在はYouTuberとしても活躍。大リーグ・パドレスのダルビッシュ有は実兄。炊き出しは「大阪租界」が運営。食材の提供はSNSで受け付けている。181センチ、110キロ。

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