長州、武藤、カブキ、馳…昭和~平成のプロレス界を支えたタイガー服部レフェリーが引退

(左から)武藤敬司、長州力、服部レフェリー、ザ・グレート・カブキ、馳浩衆議院議員 (C)NJPW
(左から)武藤敬司、長州力、服部レフェリー、ザ・グレート・カブキ、馳浩衆議院議員 (C)NJPW

この日引退する服部レフェリーにレジェンド達がサプライズ登場

 そしていよいよメインイベント、正真正銘のラストマッチでファイナルレフェリング。「タイガー服部レフェリー引退試合Ⅱ」「オカダ・カズチカ&石井智宏&後藤洋央紀組VS内藤哲也&鷹木信悟&SANADA組」の6人タッグマッチだ。翌2月20日後楽園でNEVER無差別級王座を懸けて激突する鷹木と石井が熱く無骨なファイトを展開。オカダはオカダで服部レフェリーのラストマッチを意識するような素振りもところどころで伺わせた。選手のさまざまな思いが交錯するリングでも、服部はいつものように淡々と試合を裁いていく。カウントを取るだけではない。試合権利の有無を確認し、反則をチェック。しかしながらプロレスの場合、たとえば乱入や介入を強引に止めてしまうと、レフェリーが流れを崩してしまうことにもなりかねない。360度周囲に気を配り、空気を読む。これを40年以上にわたりやってきた。しかも現在74歳。あらためてそのタフネスぶりに感嘆するばかりである。

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 最後はSANADAがオコーナーブリッジで後藤から完璧な3カウントを奪ってみせた。セミではフォールカウントを入れる機会が4回あり、合計で9回マットを叩いた。ラストマッチは8機会のトータル15カウント。いったいここまで何度マットを叩いてきたのだろうか。数字で表わすことは不可能だが、気の遠くなるような回数であることは間違いない。利き腕の左腕、そのヒジは曲がった状態でまっすぐに伸ばすことができないでいる。

 試合後、服部レフェリーが勝者ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポンの手を挙げると、内藤の誘いで躊躇しながらもロス・インゴのメンバーと拳を突き合わせた。そしてリングでは、引退セレモニーへ。

 CHAOS、新日本本隊(獣神サンダー・ライガーも!)、審判部、ハロルド・ジョージ・メイ社長兼CEO、菅林会長が花束や記念品を贈呈した。その後、スペシャルゲストとしてザ・グレート・カブキ、馳浩、武藤敬司、長州力がそれぞれのテーマ曲に乗って登場すると場内の盛り上がりは最高潮。リング上にはまるでタイムスリップしたかのような光景が現出した。それはあたかも、新日本版ホール・オブ・フェーム。そしてスクリーンにはビデオメッセージとして天龍源一郎、アントニオ猪木も現れ、服部レフェリーの功績を称えた。

 アマチュアの大会で70年代にアメリカに渡り、故ヒロ・マツダさんのすすめでレスリングを教えるようになった服部レフェリー。そこからプロレスの世界に入り、故マサ斎藤さん、グレート・カブキ、長州、天龍らと出会ったのだ。気がつけば40年以上。そしてこの日、服部レフェリーはレフェリー業を引退、レフェリーとしては後進に、プロレス界は若い選手たちに未来を託すことになる。最後は、故マサ斎藤さんのテーマ曲が場内に鳴り響いた。

「このユニークなスポーツに出会えて一生プロレスというものを愛して、自分の人生のような感じがします。素晴らしいことも友情もいろいろありますが、裏切りもありますし悲しいこともあります。まるで本当の自分の人生みたいな感じがしています」とリング上から最後のあいさつ。幾多の名勝負を裁き、数々の出来事、事件の現場に居合わせたからこその言葉である。さらにバックステージでは記者団に囲まれ、コメントも出した。

「やり遂げたという心境です。燃え尽きました。よくここまでこられたなと。やっぱりレフェリーの哲学というのは選手を邪魔しないよう機敏にカウント取って、ムダな場所にいないことだと思うんです。場所を作ってやって闘いの場を十分に持たせて、(自分は)隙間に入るような感じ。ウチのレフェリーはみんなうまいですよ。(レッドシューズ)海野も(佐藤)健太も(マーティ)浅見もね。ボクはもうそこまでいかなくなっちゃったから、もう(レフェリーから退く)時間だなと思って」。

 今後しばらくは海外コーディネーターとして新日本を手伝っていくという。プライベートでもまだまだやりたいことがあるとのこと。その若々しさは相変わらず。場内で発生した「サンキュー・タイガー!」のチャントとともに、服部さん、お疲れさまでした!

次のページへ (3/3) リング上で胴上げされる服部レフェリー
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