秋山真凜、中3でプロ断念も「72」で回る腕前 父、亡母を思い「ゴルフの価値を高めたい」

プロ断念するも「72」で回る腕前の秋山真凜【写真:本人提供】
プロ断念するも「72」で回る腕前の秋山真凜【写真:本人提供】

中学時代は鈴木愛らとライバルも、母の介護でクラブ置く

 秋山はかつて、将来を嘱望されたジュニアゴルファーだった。全国小学生ゴルフトーナメント決勝大会3位、全国中学選手権5位、日本ジュニア8位。地元福岡県で開催の国内女子ツアー、フンドーキンレディースにも出場している。現在、ツアーで活躍する鈴木愛、柏原明日架、三ヶ島かな、永井花奈、勝みなみらとは各大会で競い合っていた。

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「本気でツアープロになって何回も優勝して生活していくことを考えていました。大学進学は考えず、高校を出たらプロテストを受けるものだと思っていました」

 だが、中3の12月から母親の闘病生活が始まった。長きにわたって遠征に帯同し、苦手だった車の運転もしてくれたこと、さまざまな支えになってくれたことを思い、秋山はクラブを置くことにした。

「九州の試合であれば出られたと思います。でも、それは違うと感じました。母の側にいてあげられるのは今しかないと思い、それから学校から帰ってきたら母を介護する日々になりました。ただ、母は私がゴルフをしている姿が好きだったので、父が家の中に作ってくれた練習する場所で、私がボールを打って見せることもありました」

 福岡インターナショナルスクールで過ごした高校時代は、勉学にも打ち込んだ。国際バカロレア機構(本部ジュネーブ)が提供する教育プログラムを履修し、上智大国際教養学部の入試も突破した。

「母は高3の12月に亡くなりました。当時、私には将来に向けた明確な目標はなく、それを見つけるために大学進学を決めました。高校と同じく、大学でも授業は全て英語で進みましたが、中3から独学をしていた韓国語の授業も履修しました。時間が空いたら、ゴルフの練習場に1人で行ったりもしました。母のためにも、ゴルフを完全に止めてしまうのは良くないという思いがありました」

 上智大卒業後は韓国語・英語の通訳を務めていた。韓国を拠点にしていたアイドルグループ「IZ*ONE」(21年4月に解散)の同時通訳を経験するなどした後、知人の紹介でフリーアナウンサー・生島ヒロシが会長の生島企画室と契約。タレント業も始めた矢先、驚きのオファーが届いた。

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