芸能界から引っ張りだこ「鳥久弁当」 “創業93年”の今昔物語 人気の秘密を社長に直撃

駅ビルでの販売を辞めたことでテレビ局の注文を解禁!?

 そんな状況が変わって行ったのは今から14年ほど前、1つの事件が起こる。鳥久弁当が駅ビルでの販売をヤメることになったのだ。

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「簡単に言えば、駅ビルをリニューアルすることになって、ある大手の会社が駅ビルを仕切るという話になった。その時に、『そこまで入っていたテナントにまずは出てもらうけども、リニューアル後には戻ってきてもらうつもりなので、一度、ハンコを押してくれ』と言われたんですね」

 しかしながら、その後に「実は残ってもらうのは3社だけ。他は全部クビだ」という話が伝わってきた。

「なぜそんなやり方をして追い出したかというと、当時のテナントは敷金を入れていたこともあって、テナントの権利が強かった。それを出て行ってもらうには、相当の違約金を出さないといけなかったんですね。だから半分、だますようなやり方で出て行ってもらったし、私もあまり考えずハンコを押してしまったんです」

 気付いた時には時すでに遅し。しかも相手は天下のJRだけに鳥久弁当を含め、数多くのテナントが泣きを見ることになった。

「実はその後、『残ってもらう3社に鳥久さんは入っていますよ』と言われたんですね。だけどそんな話を聞いた瞬間にまたムカッときてしまって。悪いクセですね(笑)。顔では笑っていても、心の中では『ふざけんな、この野郎!』っていう竹中直人さんのあれですよ(笑)。だまされて辞めていく仲間たちがいるのに、鳥久は残るなんてできね~ってことです。」

 それでも、お互いに譲歩して、最終的に出店しましょうという話に一度は落ち着き、新店舗の設計図までで作ったのだが…。

「これを終わったらスタートですよっていう全体説明会に行ったんですけど、説明を聞いていくうちに、やっぱりどこかが違うんです。どうも合わない。最後まで聞いていて、これはダメだなってことになって、設計図まで作ってくれた業者さんに『申し訳ないけど、実費と違約金は払うから、この話はナシにしてほしい』って話してヤメちまったんです(笑)」

 その段階ではまだリニューアル前。そのため当然、駅ビル内での営業は続いていた。

「いよいよ店を明け渡すっていう日になって、ある魚屋さんと2人で、『ただ出ていくのはシャクに触るからどうにかしたい』と思って、その段階でようやく顧問弁護士に相談したんですよ」

 すると顧問弁護士は「なぜもっと早く言ってくれなかったのか」と話し、どうすればいいかをアドバイスしたのだという。

「駅ビルを出ていく日。最終日ですけど、ウチとしては持ち出すものだけ持ち出したら、その後にブルーシートを貼って、『これは鳥久のものです。触らないでください』って貼り紙を貼ったんです。だから駅ビル側は工事ができないんです」

 そうなると当然のことながら、「どうしたんですか?」という話になってくる。

「だから『申し訳ないけど、納得がいかない。皆様に迷惑をかけるつもりはないけど、納得のいく話し合いができるまではこのままにします』って言ってね。そしたら向こうの親玉はJRですから、JRとケンカになったんですけど、結局その話はそれなりの時間をかけながらも落ち着くところに落ち着くことになったんですね」

 鳥久弁当としては、それまで駅ビルの店にかなり重点を置いていたことにはすでに触れたが、それがなくなった。さてどうしたものかと考えると、答えはすぐに見つかった。

「そこまで断ってきた注文を受けていこうとなって、それまでTBSさんだけの注文を受けていたけど、他局の方の注文も受けさせていただこうってことになったんですね。でも、それを解禁したのは2007年だから、まだ15年経っていないんですよ」

 こうして、晴れてTBS以外のテレビ局からの注文にも対応していくことに。

「特にフジテレビさんが多かったけど、急に各テレビ局さんからの注文が増えましたね。だから重要なのはマスコミよりも口コミです。でもね、ウチのお弁当のことをよく褒めてくれる方に松本人志さんがいますけど、松本さんと僕は直接お会いして話したことはないし、バカリズムさんもよく鳥久のことに触れてくれるんですけど、直接お会いして話したことはない。マツコ・デラックスさんもそう。もちろん、これからの若手芸人さんには多少知り合いはいますけどね」

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