“大仁田厚VSハマコー”一喝事件の全真相「100万回以上再生されて、俺だってつらいんだよ」

人生つらくても笑顔じゃ【写真:編集部】
人生つらくても笑顔じゃ【写真:編集部】

「俺が死んだ時に映像が流れるよな。あれ、テレ朝だろう。くそ」

――やはり、迫力がありましたか。

「大先輩だしな。何か言い返したかったけど、言えなかったな」

――キレたら、逆に一喝されてシュンとしてしまいました。

「俺らは上下関係が厳しい世界で生きてきたから、先輩に対してモノをいうことができないんだよ。本当は心の中で『バカヤロー』と言いたかったよ。ただ、言えなかったね。この映像を100万人以上の人に見られて、俺だってつらい部分はあるんだよ」

――しかし、この映像は何度でも見たくなってしまいます。

「絶対、俺が死んだ時に映像が流れるよな。あれ、テレ朝だろう。くそ」

――民主党の森裕子さんと“乱闘”したこともありましたね

「あれだってさ、国体委員長から『委員長を守ってくれよ』と言われていたんだよ。しょうがないじゃん。俺は役目を遂行しただけなんだよ。あれは俺が暴れているんではなくて、森さんが机の上にハイヒールで上がったんだよ。あっちのほうが悪い。こうやって振り返ってみると、俺は色んな場面、場面でちゃんと出ているんだよね」

やるしかねぇ【写真提供:株式会社大仁田屋】
やるしかねぇ【写真提供:株式会社大仁田屋】

――しかし、派閥の長だった自民党の古賀誠さんに何の相談もしないで、こっそりと政界を引退してしまいました。おそらく、選挙に出れば当選していたかと思うのですが。

「国会議員の同期からは『偉くなるためには我慢しなきゃいけない。余計なことはしない。この鉄則を守らなければ、出世しないぞ』とよく言われたよ。そうした世界に耐えられなかったね」

政治の“親分”古賀先生の着メロは『花と竜』

――古賀さんからは叱られなかったんですか。

「電話がかかってきたよ。『お前、なにやってんだよ。選挙に出ろよ』って。その後、野中広務先生からも電話がかかってきて『お前、何やってんだ、古賀がこんなにかわいがっているのに。何で出ないんだ』と言われたね。それでも辞めたよ。だって、俺は言われた通りの人生なんて嫌だもん」

――やはり、古賀さんは怖かったですか。

「いまだに怖いよ。あの威圧感はなんだろう。今日、訪問した先に、古賀先生のでかいポスターがあって、『あっ、やべえ』と思ったもんね。古賀先生の着メロって何だと思う?」

――何ですか。

「(村田英雄の)『花と竜』だよ。笑えるよな」

――自民党時代、からみ続けた杉村太蔵さんは、いつの間にかタレント、コメンテーターみたいになっていますが。

「どうでもいいよ」

(おわり)

□大仁田 厚(おおにた・あつし)1957年10月25日、長崎市生まれ。61歳。1973年、全日本プロレスに入門し、16歳でデビュー。1989年、FMWを旗揚げ。2001年の参院選で自民党比例代表から出馬し初当選。2007年、自民党を離党。2010年、長崎県知事選に出馬するも落選。プロレスラーとしては2017年、7度目の引退をするが、2018年10月、復帰した。タレント、俳優、映画監督、歌手など幅広く活動している。

(ENCOUNT編集部・中村智弘/Tomohiro Nakamura)

トップページに戻る

1 2
あなたの“気になる”を教えてください