米出身漫画家が「鬼滅の刃」を徹底分析 マンガ学会で研究発表「炭治郎の中にモンスター」

「柱なんてやめてしまえ!!」という言葉に込められた意味

――奥深いですね。炭治郎は鬼になった者に対しても「人」という言葉を使い、鬼となった妹・禰豆子を助けるため鬼で医者の珠世と協力します。そもそも差異を生む境界は誰が決めているのか、という問題提起のようにも思えます。

「炭治郎が善良な鬼と悪い鬼の区別がつかない柱に『柱なんてやめてしまえ!!』と叫ぶシーンがありますが、これは鬼殺隊の世界にも変革の必要性があることを意味します。境界の外側の世界を知ることで、内側の世界の問題点を知ることになる。禰豆子と珠世の存在はだからこそ物語の分岐点として重要です。モンスターが人間らしくなる瞬間もあれば、人がモンスター的になる瞬間もある。ここのところは『モンスターは<生成の分岐点>に立つ』という理論が使えそうです。何かが『怖い』、誰かのことが『嫌い』と感じたとき、問題はその対象の中にあるとは限らず、自分の側にあるのかもしれない。『モンスター理論』によって『他者』という概念を見直すことができると最終的に『自分』も見直すことができる」

――「鬼滅」分析もいよいよ核心に迫ってきたようですね。炭治郎の中にもモンスター、つまり鬼がいる?

「『モンスターの身体は文化を表現する体系』という理論から考えてみましょう。作中に登場する子どもは自分に与えられた役目を素直に受け入れてしまうと鬼に食われてしまう。だからこそ鬼殺隊の水柱である冨岡義勇(とみおか・ぎゆう)は『生殺与奪の権を他人に握らせるな!!』と炭治郎に言い聞かせるのです。自分が無知、無力、力不足と思い込んでいた炭治郎は、義勇の言葉を聞いて想像力を巡らせ、斧のスキルを使って禰豆子を救います。この場面以外でも炭治郎はことあるごとに必死に考え抜きます。こうした想像力や思考力を駆使して炭治郎は『学習性無力感』(努力しても意味がないと思い込む無気力な態度)という自身の中の障害物=モンスター=鬼と戦って困難を乗り越えていく。鬼は私たちの中にいることを『鬼滅の刃』は問いかけているのではないでしょうか」

――ありがとうございました。

□井島ワッシュバーン・パトリック氏略歴
イラストレーター、アニメーター、漫画家、翻訳通訳家。米ミズーリ州スプリングフィールド生まれ、ジョージア州育ち。1975年にテレビで「マッハGo!Go!Go!」を見てアニメファンに、映画「ザ・カー」を見てホラーファンになる。ジョージア州立大学でイラスト、アート史、アニメーションを専攻。94年に来日し高校講師に。2002年に世界のコミックス、映画、ドラマなどを紹介する同人誌「ファンドメイン1号」を発行し、東京・世田谷美術館でのグループ展に初参加。06年に東京・青山で初個展を開催し「アメリカンコミックス効果音辞典」を発行。ヤフー法務部専属翻訳家などを経て14年、熊本で翻訳・デザイン事務所を設立した。熊本大学大学院社会文化科学教育部に在籍し20年7月に日本マンガ学会研究発表会で「モンスター理論からみた少年マンガの『鬼』―『約束のネバーランド』『鬼滅の刃』を事例として」と題した研究発表を行った。

□鄭孝俊(取材/構成)
全国紙、スポーツ紙文化部デスクを経て「ENCOUNT」記者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程在籍中。専門は異文化コミュニケーション論、メディア論。成蹊大学文学部ゲスト講師、ARC東京日本語学校大学院進学クラスゲスト講師などを歴任。

(※1)【コーエンの7つのテーゼ】
T1 The Monster’s Body is a Cultural Body
 「モンスターの身体は文化を表現する体系」
T2 The Monster Always Escapes
 「モンスターは必ず逃亡する」
T3 The Monster is the Harbinger of Category Crisis
 「モンスターはカテゴリークライシスの兆し」
T4 The Monster Dwells at the Gate of Difference
 「モンスターは『差異の入り口』に宿る」
T5 The Monster Polices the Border of the Possible
 「モンスターは可能不可能の境界線を巡視する」
T6 The Fear of the Monster is Really a Kind of Desire
 「モンスターに対する恐怖心は実は好奇心」
T7 The Monster Stands at the Threshold… of Becoming
 「モンスターは『生成の分岐点』に立つ」
出典:ジェフリー・ジェローム・コーエン(1996)「Monster Culture (Seven Theses)」『Monster Theory: Reading Culture』University of Minnesota Press(3-25頁)

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