『Oha!4』刈川くるみアナ、「取材準備こそ礼儀」で『笑点』全7人の寄席へ…歌舞伎座で「息遣い感じる」推し活も
フリーアナウンサー・刈川くるみ(27)は、日本テレビ系『Oha!4 NEWS LIVE』(月~金曜午前4時30分)の月曜、火曜でカルチャーキャスターを担当し、早朝から柔らかい笑顔を見せている。その素顔はストイックで、情熱的だ。「準備こそが礼儀」を信念とし、取材対象者の作品を全て見る。講演会にも足を運ぶ。映画の撮影地まで足を運ぶ。プライベートでは“推し活”で、歌舞伎の劇場に通っている。役者の息遣いまで感じ取るために前方の席を選ぶ。そんな27歳の現在地、目標を聞いた。

語った27歳の現在地&目標
フリーアナウンサー・刈川くるみ(27)は、日本テレビ系『Oha!4 NEWS LIVE』(月~金曜午前4時30分)の月曜、火曜でカルチャーキャスターを担当し、早朝から柔らかい笑顔を見せている。その素顔はストイックで、情熱的だ。「準備こそが礼儀」を信念とし、取材対象者の作品を全て見る。講演会にも足を運ぶ。映画の撮影地まで足を運ぶ。プライベートでは“推し活”で、歌舞伎の劇場に通っている。役者の息遣いまで感じ取るために前方の席を選ぶ。そんな27歳の現在地、目標を聞いた。(取材・文=一木悠造)
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刈川くるみは、福岡市博多区で生を受けた。博多小学校、博多中学校と地元で進学し、福岡講倫館高に進んだ。人気俳優の今田美桜は2学年上の先輩で、当時からすでに注目を集めていたという。
「もう、憧れの存在で話しかけられませんでした。でも、のちに『news every.』で作品の番宣に来られた時、勇気を持って『実は同じ高校で』とお伝えしたら、とても喜んでくださって。一緒に写真も撮っていただきました」
日本大法学部への進学で上京。アナウンススクールのテレビ朝日アスクに通い、AbemaTVの学生キャスターとして経験を積んだ。「常に新しいことを学び続けられる仕事」。そう感じたことが、アナウンサーを志した理由だという。
「環境が変わり続けること、知らない世界に触れ続けられることに魅力を感じました。学生キャスターとしてBSの番組にも出演しましたが、大学卒業までは事務所に所属することができなかったので、社会人になるタイミングでセント・フォースと契約しました」
民放キー局のアナウンサー試験を受け、複数の局で最終面接まで進んだ。結果は「ご縁がありませんでした」。だが、2021年4月に新卒でフリーアナウンサーとしてスタートを切り、同10月には日本テレビ系ニュース番組『news every.』のキャスターに抜てきされた。
「半年以上の研修を受ける局アナの方々とは違い、いきなり番組付きとしてのスタートでした。もう、最初は見様見真似でした。不安でマネジャーには『私、多分半年でダメだと思います』と言っていましたが、私の周りは経験豊富な方ばかり。独学でアナウンスに関することを学びつつ、必死に食らいついていました」
『Oha!4』と『日テレニュース24』の深夜帯ニュースなど報道・情報番組をメインに担当している。
「月曜、火曜は『Oha!4』で深夜1時に自宅を出て、2時前には局に入ります。4時30分の本番までは、リハーサルや原稿チェックを徹底的にやります。土日は深夜帯のニュースアンカーを務めていまして、夜11時に局に入り、朝8時まで勤務しています」

深夜2時局入り、夜まで寝ない火曜日
この生活リズムで、「火曜日は夜まで寝ない」と決めているという。
「そこで頑張って起きていないと、1週間が完全に昼夜逆転になってしまうので。幸い体は丈夫で、風邪をひいたことがないんです」
そんな刈川が、プライベートで多くの時間を注いでいるというものがある。歌舞伎だ。その熱量は、「趣味の域」を超えている。
「4~5年前、友人に初めて連れて行ってもらった歌舞伎座で、中村勘九郎さんの『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり)』を見た時、雷が落ちたような衝撃を受けたんです。『人生が変わった』とその場で思いました」
勘九郎が演じていたのは、復しゅうのために、あえて強さを隠して愚か者を演じる主人公。その裏と表の演じ分け、眼力の迫力に完全に心を奪われたという。
「それ以来、毎月欠かさず歌舞伎を観劇しています。チケットは午前10時発売なので、9時57分にアラームをかけてログインして待機します。前方の席は息遣い、汗、涙、目の充血まで見えるので、どうしても前で見たいんです」
東京の歌舞伎座だけでなく、京都・南座、名古屋・御園座、博多座にも当然足を運ぶ。
「中村勘九郎さんに取材でお話を伺った時に『福岡公演にも来てくれていましたよね』と言ってくださり、感激しました」
刈川は、日本テレビで番組の企画提案も行っている。昨年の日本テレビ報道局大型企画『戦後80年』では、刈川の企画が局員も含めて出された100本以上の提案から採用された。「歌舞伎と戦争」。刈川ならではのテーマだった。
「戦争経験者の知り合いもいないし、ゆかりの土地もない。そんな時、歌舞伎座でよくお見かけしていた市川寿猿さん(当時94歳)が、戦時中も舞台に立たれていたことを知り、『私にしか伝えることができない企画だ』と思い立ち、企画書を書きました」
放送枠は約7~8分。寿猿は刈川の取材者としての熱意にほだされる形で、当時の記憶を日付や時間まで鮮明に語ったという。
「寿猿さんの言葉の一つひとつに胸が震えました。『これをきちんと放送したい』と思い、スタッフさんと議論を重ねながら仕上げました。エッセンスは伝えられたと思いますが、『もっと伝えたいことがあったのに』という悔しさも残りました」
現在主にカルチャーキャスターとして、作品の魅力をいかに伝えることができるか。自分なりの試行錯誤を続けているという。
「取材対象者の作品は見ますし、本も読みます。過去のインタビュー映像も見て、話し方のくせを把握します。映画関係の取材では撮影地まで行ったことがあります」
『笑点』メンバーを同時に取材することになった際は、事前に全7人の寄席に足を運んだ。
「10分間の取材のためではありましたが、徹底的に準備しました。皆さんの役割や間の取り方を理解していないと、質問を挟むタイミングが分からないと思ったんです」

「報道人」活動&ファンとの交流
文字通り、準備のために労を惜しまないスタイル。今後の目標は「報道人」としての活動を高めていくことだという。
「報道というジャンルがとても好きなので、もっと勉強して、政治や生活に関わるニュースを担当できるようになりたいです。バラエティーも経験しましたが、軸足は報道に置いていきたいと思っています」
一方で今年3月、初写真集の発売記念イベントを開催。ファンとの交流が忘れられないという。
「写真集のお渡し会で、初めてファンの方々と直接交流することができたんです。『Oha!4 月、火の放送が生きがいです』と言っていただけて、本当にうれしかったです。深夜に局へ入って、オンエアに臨んで、放送後も誰にも会わず帰る日々の中で、『私の言葉がちゃんと届いているんだ』と実感できました。また、できたらと思います」
報道に誇りを持ち、取材対象者に敬意を払い、ファンの言葉に涙する。「いろいろなジャンルにチャレンジできることも、フリーの魅力だと感じています」。歩んできた5年、刈川は「誠実さ」と「熱量」で評価を高めている。今後もそのスタイルで歩を進めていく。
□刈川くるみ 1998年11月30日、福岡市生まれ。日本大法学部法律学科卒。学生キャスターを経験し、卒業後、セント・フォースに所属。21年10月、日本テレビ系ニュース番組『news every.』のカルチャーキャスターに抜てき。今春から同局系『Oha!4』のカルチャーキャスター、『日テレニュース24』のキャスターを担当。趣味はダンス、ピアノ、屋台飲み、美術館巡り、落語の寄席、歌舞伎鑑賞。特技は乗馬、水墨画、能。164センチ。血液型AB。
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