水谷八重子さん、肺炎のため87歳で死去 多彩な活動を展開…紫綬褒章や旭日小綬章を受章
劇団新派の俳優・水谷八重子(本名・松野好重)さんが28日午後0時18分、肺炎のため東京都内で死去した。87歳だった。31日に松竹から発表された。葬儀は近親者で執り行い、後日、お別れの会を開く予定としている。

舞台、映画、テレビに幅広く出演
劇団新派の俳優・水谷八重子(本名・松野好重)さんが28日午後0時18分、肺炎のため東京都内で死去した。87歳だった。31日に松竹から発表された。葬儀は近親者で執り行い、後日、お別れの会を開く予定としている。
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水谷さんは1939年4月16日、東京都生まれ。父は歌舞伎俳優の十四世守田勘弥、母は新派の初代水谷八重子。1955年8月、歌舞伎座の新派公演で水谷良重の名で初舞台を踏んだ。同時に歌手デビューし、その後は舞台、映画、テレビに幅広く出演した。
1995年に二代目水谷八重子を襲名し、劇団を牽引。『滝の白糸』『日本橋』『婦系図』『鹿鳴館』『太夫さん』『寺田屋お登勢』『残菊物語』『京舞』など新派の古典で魅力を発揮した。
一方、名作喜劇『三婆』、山田洋次監督が脚本・演出を手がけた『麥秋』『東京物語』『家族はつらいよ』などの新作、横溝正史作品『犬神家の一族』『八つ墓村』にも出演した。また、朗読劇『大つごもり』の主催やライブ活動など、多彩な活動を展開してきた。
1978年には『滝の白糸』『祇園の女』で菊田一夫演劇賞、1988年には『佃の渡し』『京舞』で松尾芸能賞大賞を受賞。1992年には『佃の渡し』で芸術選奨文部大臣賞を受賞したほか、芸術祭賞、都民文化栄誉章を受けた。2001年に紫綬褒章、09年に旭日小綬章、23年には港区名誉区民となった。
初代八重子や花柳章太郎の芸を受け継ぎ、新派の情緒や伝統を守りながら、自身の個性と才能を生かした舞台で多くの観客に感動を与えた。最後の舞台は、25年2月に南座で上演された二月新派喜劇公演『三婆』の富田駒代役だった。
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