夏帆、自分を追い詰めていた20代 思考の整理で手に入れた“余裕”「人生で仕事はほんの一部」

映画『四月の余白』(6月26日公開)で、理想と現実の狭間でもがく教師を演じた夏帆(34)。10代でデビューし、着実にキャリアを重ねてきた夏帆は、30代半ばを迎え、俳優としての底知れぬ奥行きを感じさせる。苦悩を抱えながらも現場で挑み続けた20代を経て、夏帆はいかにして肩の力を抜き、自分自身の「余白」を見つけたのか。吉田恵輔監督(※「吉」の正式表記は上部が「土」)の現場でのエピソードを交え、年齢とともに変化してきた俳優という仕事への思いに迫る。

インタビューに応じた夏帆【写真:増田美咲】
インタビューに応じた夏帆【写真:増田美咲】

不完全な人間を描く吉田組での挑戦

 映画『四月の余白』(6月26日公開)で、理想と現実の狭間でもがく教師を演じた夏帆(34)。10代でデビューし、着実にキャリアを重ねてきた夏帆は、30代半ばを迎え、俳優としての底知れぬ奥行きを感じさせる。苦悩を抱えながらも現場で挑み続けた20代を経て、夏帆はいかにして肩の力を抜き、自分自身の「余白」を見つけたのか。吉田恵輔監督(※「吉」の正式表記は上部が「土」)の現場でのエピソードを交え、年齢とともに変化してきた俳優という仕事への思いに迫る。(取材・文=磯部正和)

 人間のどうしようもない業を、愛ある皮肉と生々しさで描き出す吉田監督。本作で夏帆が託されたのは、自身の教育方針に限界を感じ、ブラックな職場環境で摩耗する教師・冬子という難役だった。対話や正しさだけではどうにもならない子どもたちと、向き合う中で生まれる絶望。コンプライアンスが叫ばれる現代社会の歪みの中で、教壇という初めての景色を前にした夏帆は、底知れぬ恐怖と責任の重さに直面することになる。

「学生の頃って、先生はどんなに叩いても折れない、絶対的に強い存在だと思っていました。でも実際自分がその年代になった時、こんなにも悩みを抱えて葛藤しているんだと気付かされたんです。自分自身もまだまだ未熟なのに、指導していかなければいけない。撮影の初日が教室のシーンだったのですが、教壇からだと後ろの席の子の居ずまいまで意外と見えてしまって。こっちが生徒以上に緊張してしまい、すごく怖かったのを覚えています」

 理想通りにいかない教育現場のリアル。生徒への理解を超えた感情があふれ、思わず髪をかきむしってしまうような冬子の揺らぎを表現するため、現場では一切の計算を捨て、監督の素早い決断力に身を委ねたという。

「監督は基本的に『とりあえずやってみて』と任せてくださるんですが、違う時はその都度細かく演出が入ります。撮りたい画が明確で現場のスピードがとにかく早いから、悩んでいる暇がない。そうかと思えば、ここぞという時には何テイクも重ねるメリハリがあって。私も冬子と一緒に、どう子どもたちと向き合えばいいのかを悩みながら、その場の空気に必死に食らいついていきました」

20代は試行錯誤の繰り返しだったと語る【写真:増田美咲】
20代は試行錯誤の繰り返しだったと語る【写真:増田美咲】

頭で考えるよりもまず試す…試行錯誤を繰り返した20代

 10代から第一線を走り続け、20代後半にかけてその表現は劇的な深化を遂げてきた。観る者に豊かな余白を感じさせ、役の奥にある人生を想起させる夏帆の芝居。しかし、その涼やかなたたずまいの裏側には、泥臭いまでの闘いがあった。決して器用にこなしてきたわけではない。現場の空気を吸い、相手の出方を受け止めながら、ただひたすらに実践の中で自分を削り出してきたのだ。

「仕事を始めた頃は本当にお芝居ができなくて、どうしたらいいか分からない状況でした。自分は頭で考えても分からなくて、実際に体験してみないと学習できないタイプみたいなんです(笑)。だから20代に入ってからは、毎回現場で『こうやったらどうだろう』といろいろ試しての繰り返し。いまだに何かをつかんだ感覚はなくて、今回通用したやり方が別の現場で通用するとは限らない。でも、そうやって新しいものを見つけていくのが面白いんですよね」

 近年経験した海外での舞台『どうも不安な様子』の公演も、夏帆の表現欲を強く刺激した。言語の壁を越えたコミュニケーションは、芝居の根源的な喜びを再確認する契機になったという。

「台湾の役者さんたちとお互い違う言語で演じたことで、セリフを聞くことへの意識の仕方を改めて考え直しました。当たり前のことですが、相手の状態を繊細にキャッチできれば、自分もこれだけ変わるんだって。毎日同じことをする舞台だからこそそれを強く感じて、お芝居の見え方がまた少し変わった気がします」

演じるというお仕事を続ける最大の原動力とは【写真:増田美咲】
演じるというお仕事を続ける最大の原動力とは【写真:増田美咲】

「仕事が全てじゃない」―30代で手に入れた“余白”

 かつては自分自身に厳しく、できることとできないことの境界線で思い悩むこともあった。しかし30代を迎え、夏帆がまとう空気は驚くほど柔らかくなった。コロナ禍という予期せぬ空白の時間は、彼女に人生の立ち位置を見つめ直す機会を与えたという。背負うものが増えるはずの年齢で、彼女が手に入れたのは「自分を許す」というしなやかな強さだった。

「20代の頃は自分にもっと期待していたし、できない自分が許せなくて追い詰めていました。でも、ちょうど30代になり、少しお仕事から離れたいなと思ってお休みをいただく予定の時、コロナ禍も重なり、自分を見つめ直す時間ができました。『自分を楽しめるものを探そう』と違う角度から物事を見られるようになったんです。大きく見れば、人生において仕事ってほんの一部。自分の人生が豊かであれば、どうなっても大丈夫なんだって気付けたことで、どんどん楽になってきた気がします」

 肩の力を抜いた夏帆の瞳は今、純粋な探求心に輝いている。表現者としての承認欲求ではなく、まだ見ぬ世界を知りたいという無邪気な思い。それこそが、俳優・夏帆を動かす最大の原動力なのだ。

「演じるというお仕事を続ける最大の原動力は好奇心なんだと思います。『伝えたい』『見てもらいたい』ということより、自分の好奇心が満たされること。今回の教師役でも、本や動画で教育現場について調べるうちに新たな視野が広がりました。人や場所との出会いに刺激されていくのが楽しくてやっているんです。こんなにやってもまだ分からないし、まだまだ自分に伸び代があると思いたい。だからこそ、追求しても正解が分からない面白さがあるんです」

 完璧な姿を取り繕うのではなく、不完全な自分を丸ごと受け入れ、未知の領域へ飛び込んでいく。余白を恐れず、むしろその空白を慈しむように生きる夏帆。本作での夏帆の芝居には、作品タイトル通り、さまざまなことを想起させてくれる“余白”にあふれている。

□夏帆(かほ)1991年6月30日、東京都出身。2007年、映画『天然コケッコー』で初主演。15年には、映画『海街diary』で第39回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。25年には、TBS系『じゃあ、あんたが作ってみろよ』で主演を務めた。26年6月26日公開の映画『四月の余白』への出演のほか、7月スタートのTBS系連続ドラマ『Tシャツが乾くまで』への出演も決まっている。

次のページへ (2/2) 【写真】夏帆のインタビューアザーカット
1 2
あなたの“気になる”を教えてください