【風、薫る】明治時代の手術シーン再現の舞台裏 史実との違い…「もう少し辛辣に描いても良かった」場面とは

俳優・見上愛と上坂樹里が主人公を演じ、明治時代に看護の道を切り拓いたりん(見上)と直美(上坂)を描くNHK連続テレビ小説『風、薫る』(月~土曜午前8時)。これまでマスクや手袋、手術着も着用しない手術シーンが描かれ、現代との違いに驚いた視聴者も少なくなかったはず。同作品で医事考証を担当する冨田泰彦氏に明治時代の医療の状況を聞いた。冨田氏は杏林大医学部医学教育学特任教授。これまで『らんまん』以降の東京制作の全“朝ドラ”、TBS系連続ドラマ『JIN-仁-』など60作品ほど担当してきた。

『風、薫る』の手術室のシーン【写真:(C)NHK】
『風、薫る』の手術室のシーン【写真:(C)NHK】

医事考証担当の冨田泰彦氏『JIN-仁-』など約60作品担当

 俳優・見上愛と上坂樹里が主人公を演じ、明治時代に看護の道を切り拓いたりん(見上)と直美(上坂)を描くNHK連続テレビ小説『風、薫る』(月~土曜午前8時)。これまでマスクや手袋、手術着も着用しない手術シーンが描かれ、現代との違いに驚いた視聴者も少なくなかったはず。同作品で医事考証を担当する冨田泰彦氏に明治時代の医療の状況を聞いた。冨田氏は杏林大医学部医学教育学特任教授。これまで『らんまん』以降の東京制作の全“朝ドラ”、TBS系連続ドラマ『JIN-仁-』など60作品ほど担当してきた。


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 22日放送の『風、薫る』の手術シーンで、医師が白い割烹着のような手術着を着ていた背景を聞いた。描かれた時代は1889年(明治22年)。5月29日の放送では1888年当時が描かれ、シャツにネクタイ、ベスト姿だった。このころ一気に進展したのだろうか。

「いえ、進歩がすごくスローで、数年単位で何となく変化しているんです。そこを見つけるのが大変です。マスクや手袋、術着などの視覚的素材は明治30年を過ぎるとどんどん写真資料が出てきますが、それまではあまり写真資料がありません。明治20年代以前はイラストや文章で確認することに。明治20年代は過渡期で、明治20年代半ば頃から白衣が一般化しますが、術着のような作業着みたいな物がドラマで描いている時期に登場して浸透し始めます。明治30年代以降の写真にはちゃんと術着が写っています」

 手袋はいつ頃からか。

「海外の医学論文を掲載した雑誌を調べると、まず手術の際の手袋は、1870年代までは手袋の使用を示す資料はゼロ。世界的なデータをみると1890年に5%、1900年に28%、1920年に48%、1930年に58%、第2次世界大戦ごろに75%。手袋を100%するようになったのは1950年と戦後なんです」

 ゴム手袋が誕生した面白エピソードも紹介してくれた。

「ゴム手袋が初めてきちんと開発されたのは1889年(明治22年)。ちょうど今、ドラマで放送している時代です。アメリカの外科医がタイヤメーカーに手術用のゴム手袋の開発を依頼し、1890年に完成して使い始めたそうです。開発の要因が面白い。その医師の当時の婚約者で、後の奥さんが外科担当の看護師で、手術時の消毒薬のせいで手が荒れていたそうです。それを見て忍びないと思って開発したそうです。当然、1890年頃の日本にはまだ入っていません」

 マスクはどうだろう。

「1897年(明治30年)にフランスの医師が唾液に病原菌が含まれている可能性があるからマスクをした方がいいのではと、ガーゼを6層に重ねて使い始めたのが最初です。でもなかなか浸透しませんでした。その後、世界的に本格的にマスクが使われるようになった要因は1918年(大正7年)のスペイン風邪。それを契機にようやく使われ始めてきたという資料があります。細菌学の発展が大きく影響しています。使い捨てのマスクが一般的になったのは1960年代です」

 他の医療器具についても尋ねた。

「本当に苦労しました。当時、どんな器具があったか調べるため国会図書館のウェブ版で手がかりを得て明治20年頃当時の医療機器カタログを古本屋で入手しました。それをもとに、美術担当の方にお願いして準備してもらいました。海外からの輸入品も多かったですし、そこからヒントを得て徐々に日本製が登場していきました。例えば煮沸消毒の機器が日本に入り初めて使われ始めたのが1892年。取り入れたのは東大関係の教授だったそうです。少しずつこうした機器が浸透する流れが出てくるのがドラマで描いている時代だと思います」

医事考証を担当する冨田泰彦氏【写真:(C)NHK】
医事考証を担当する冨田泰彦氏【写真:(C)NHK】

医事考証のやりがいとは

 当時のドイツ医学は学術、研究がメイン、イギリス方式は実臨床型だったとされ混在する時代。冨田氏の調べる範囲と量は膨大かと。

「明治時代という黎明期のため、考証作業の仕事としては『JIN-仁-』と同等か(今後の展開によっては)それ以上かもしれないという話もあります(笑)。今井教授(古川雄大)はドイツに留学経験のある設定。メスじゃなく『メッサー』と言うようにしてドイツを感じさせています」

 劇中当時の日本の医療は世界的にはどんな位置にあるのか。

「明治政府が留学を勧めたりするのは遅れがあったからだと思います。細菌学や衛生面、医療人材育成の教育も明治になって始まったばかり。開発途上の段階でした。明治維新の前は蘭学と漢方が入り混じり医師の免許制もありませんでした。明治維新を境に外国を参考にしながら立ち上げていった黎明期だと思います」

 もし、りんと直美を見てメッセージを送るならどんな言葉か。

「2人合わせればすごくいいかも(笑)」

 医事考証の仕事の魅力、やりがいも聞いた。

「2000年からこのお仕事していて思ったのは、医学的なファクトチェックだけでなく、作品にリアルさを盛り込んでもらうことで受け手が関心を持ってくれます。医療情報の発信になり、いろんな意見が出たり、医療を考えるきっかけになります。それがうれしいです。一番うれしかったのは、ドラマを見て医師になりたいという声があった時。私の所属する医学部の学生に『JIN-仁-』を見て医者になりたいと思った人がいました。本当にうれしかったです」

 コロナ禍を経験したことで医事考証の仕事で変わったことはあるだろうか。

「明治10年にコレラが流行した千葉で医師が殺された事件がありました。医師が井戸を消毒して患者を守ろうとしていたら、毒をまいて感染源にしていると誤解した住民に命を奪われました。今回もコレラのシーンが出てきました。我々もコロナ禍を経験していますし、もう少し辛辣に描いても良かったのでは、という気持ちもありました。でも朝ドラ特有の配慮が必要です。ディレクターの方には冗談で、本編でなくディレクターズカットで入れてほしいと伝えました(笑)」

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