斎藤元彦知事、亡くなった元局長に関する「わいせつ」発言は名誉毀損の可能性 弁護士が解説
斎藤元彦兵庫県知事は5日、県議会調査特別委員会(百条委)の報告書が本会議で了承された後の定例会見で、自分を告発した元西播磨県民局長について「わいせつな文書を作成していた」などと発言した。プライバシーに配慮して百条委が言及を控えていた「公用パソコンの中身」に斎藤知事が突然踏み込んだことに、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「違法の可能性」を指摘した。

元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔氏「懲戒で処分は完結」
斎藤元彦兵庫県知事は5日、県議会調査特別委員会(百条委)の報告書が本会議で了承された後の定例会見で、自分を告発した元西播磨県民局長について「わいせつな文書を作成していた」などと発言した。プライバシーに配慮して百条委が言及を控えていた「公用パソコンの中身」に斎藤知事が突然踏み込んだことに、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「違法の可能性」を指摘した。
「一線を越えた」
斎藤知事の言葉を聞いた瞬間、そう思った。百条委員会の報告書が正式に了承された後の会見で斎藤知事は、一連の問題を告発して停職処分となった後に命を落とした元県民局長について聞かれ、こう述べた。
「倫理上極めて不適切な、わいせつな文書を作成されてた」
告発の信用性と関係なく、県当局や百条委も言及してこなかった元県民局長の私的文書の中身について、知事が「わいせつ」の4文字を口にする。これに記者が疑義を述べると斎藤知事はさらに「公用PCですから、県民の皆さんのパソコンの中にあった文書が、業務時間中に業務と関係ないことをされてたということですから、その内容について倫理上不適切な、わいせつな文書だったということを申し上げているということです」と繰り返し、元県民局長への処分は適切だと強調した。
これに対して「死者に鞭(むち)打つのか」「不適切だ」という声が上がったが、私はそれ以前の問題だと思っている。
本来、この発言は「違法」なのではないか。なぜなら我が国では、懲戒処分の「公表」はごく限られた範囲でしか許されていないからだ。
「職場の懲戒処分は公表されて当たり前」と考えがちだが、実は違う。職場で不祥事という「罪」を犯したら、その「罰」は解雇や停職などの懲戒処分。一方でその処分を「公表」することは対象者を「さらし者」にし、本来の処分に追加して別の不利益を生む。懲戒で処分は完結したはずなのにさらに「公表」でダメージを与えることは、理論上「名誉毀損」にあたる。
それでも、再発防止などの目的で一定の公表は許されうるが、厳しい条件がある。1977年の東京地裁判決は懲戒解雇の事案について、公表が許されるのは「公表する側にとって必要やむを得ない事情があり、必要最小限の表現を用い、かつ被解雇者の名誉、信用を可能な限り尊重した公表方法を用いて事実をありのままに公表した場合に限られる」という基準を示しているのだ。
では、斎藤知事の「わいせつ」発言はどうか。県はこれまで公用PCに関する元県民局長の懲戒理由を「業務と関係のない私的な文書を多数作成し、職務専念義務等に違反した」と説明してきた。懲戒の理由はあくまで「業務に専念していなかった」ことだから、この表現で説明は十分。私的文書の内容は懲戒理由になっていないので、処分の説明で「わいせつ」を語る必要はない。さらに元県民局長が処分された昨年5月から約10か月が過ぎた今になって、新たに文書内容を明かす必要もない。一方で「わいせつ」の4文字を加えた瞬間、処分の説明は「必要最小限」ではなくなり、元県民局長の名誉は踏みにじられる。そう考えると斎藤知事の発言は本来、名誉毀損と認定される性格のものだと思う。
ただ、成立のハードルが高い故人に対する名誉毀損
だが、ここで斎藤知事を「利する」ことになりうる事情がある。それは元県民局長が亡くなっていること。故人に対する名誉毀損は存命中の相手よりも、成立のハードルが高いのだ。このため「犠牲は大きくなっているのに、法的救済は難しくなる」というやり切れない事態が続いているように感じる。立花孝志氏が、竹内英明元県議の逝去後にSNSで「逮捕される予定だった」などと発信しながら、犯罪不成立を主張している姿にも似た構図。斎藤知事は「相手が亡くなっているから責任を逃れる」ということになるのか。
しかし、故人の名誉が傷つけられた場合でも法的責任を問う方法はある。「故人を慕う遺族の気持ちを害した」という主張もできるし、故人が存命中に名誉毀損された場合は遺族がその立場を引き継いで刑事告訴や民事提訴することも考えられる。ハードルは低くないが、可能性はある。またそもそも「告発者探し」に端を発した元県民局長の処分自体、プロセスが適切といえるのかをしっかりと再検証すべきだろう。
「道義的責任が何か分からない」とかつて発言した斎藤知事が法的責任以外は取り合わないのだとしたら、向き合う先は「法律」しかない。斎藤知事を巡っては今回の発言だけでなく、さまざまな指摘や刑事告発もされている。やり切れない現実を直視しつつ、法的問題点を一つひとつ考え抜くこと。それが今、求められているのだと思う。
□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうまワイド』『ワイド!スクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。昨年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。
