松本人志「地上波復帰」のハードルはTV各局の人権方針 ジャニー氏問題で作成したばかり
お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志(61)が、自身の性加害疑惑を報じた週刊文春の記事をめぐり、発行元の文芸春秋などに5億5000万円の損害賠償など求めた訴訟で、松本側が訴えを取り下げた。これを受け一部では「松本は来年から活動再開するのでは」と報じられているが、この裁判の記録を閲覧し続けてきた元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「松本氏の地上波テレビ復帰には大きなハードルがある」と指摘した。
元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士が指摘
お笑いコンビ・ダウンタウンの松本人志(61)が、自身の性加害疑惑を報じた週刊文春の記事をめぐり、発行元の文芸春秋などに5億5000万円の損害賠償など求めた訴訟で、松本側が訴えを取り下げた。これを受け一部では「松本は来年から活動再開するのでは」と報じられているが、この裁判の記録を閲覧し続けてきた元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「松本氏の地上波テレビ復帰には大きなハードルがある」と指摘した。
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松本氏の訴え取り下げのコメントは、活動再開を予言するような言葉で締めくくられていた。しかし、私は「地上波テレビ局には、今のままでは復帰はできないのではないか」と見ている。
なぜなら、そこには旧ジャニーズ事務所の創業者・故ジャニー喜多川氏による性加害問題を受け、テレビ各局が急ごしらえした「人権方針」の壁が立ちはだかっているからだ。
今回、松本氏は「和解」ではなく「訴えの取り下げ」で裁判を終わらせた。「和解」とは原告と被告が「互いに譲り合って」合意で裁判を終わらせることだが、この裁判の被告だった文藝春秋社側には松本氏に「譲る」ことができるものは何もなかった。自信を持って報じた以上「記事が間違いでした」とコメントすることはできないし、お金を払ったら非を認めたように世間に見られる。そうした中で松本氏側が裁判を終わらせようと思ったら「和解」ではなく、自分から裁判を諦める「訴えの取り下げ」しかなかった。
しかし、この「訴えの取り下げ」をするのにも、法律上は自分だけではできず、相手方の同意が必要。そのため、松本氏側は文春側と条件交渉をして訴えを「取り下げさせてもらう」形になった。そうしてまで松本氏側が裁判を終わらせたかった理由は、「早期の芸能活動復帰を望んでいたからではないか」とも言われている。
だが、ここで忘れてはいけないことがある。それは松本氏による「訴えの取り下げ」で終わったのは、文藝春秋社などとの裁判「だけ」だということだ。週刊文春が報じた肝心の事件、松本氏と複数の女性との間の「性加害問題」の総括は、何も終わっていない。
今回の問題は、昨年12月から週刊文春が松本氏による複数の女性への性加害問題などを報道し、これに対して松本氏が「事実無根なので闘いまーす」とコメント。その後、文藝春秋社などを相手取って裁判をおこしたという経緯だった。そして、「松本氏VS文藝春秋社」の裁判は終わったが、これで全てが終わったと思うのは錯覚だ。裁判騒ぎの陰に隠れていた「松本氏による性加害」という真の問題は残ったまま。松本氏は裁判で性加害疑惑を打ち消すことに失敗し、問題は振り出しに戻ったのだ。
時計の針を週刊文春が第一報を放った昨年12月27日に戻すと、松本氏はこの時から一貫して記者会見を開いていない。「その日、一体何があったのか」「性加害疑惑をどう考えているのか」について、本人が具体的に説明したこともない。今回の訴え取り下げのコメントでも松本氏側は性加害について「物的証拠はない」とし、心を痛めた女性が「いらっしゃったのであれば」お詫びすると述べただけだ。性加害問題についての具体的な説明はなく「もし、性被害者がいたらごめんなさい。ただ、本当に性被害があったかどうかはコメントしませんけどね」という意味に読める文章になっている。これで松本氏が今回の性加害問題を総括したといえるのか。
さらにこの裁判中に週刊文春は、松本氏側が探偵を使って被害を告発した女性を尾行し、女性側の弁護士に脅迫ともとれる働きかけをしたという「出廷妨害工作」を報じた。もし、松本氏がこうした「口封じ」に関わっていたのなら、性加害問題と同様に深刻な問題だ。しかしながら、松本氏はこの件についての説明も、謝罪も、何もしていない。
それなのにテレビ各局やスポンサー企業は、松本氏との取り引きを再開できるのだろうか。実はテレビ各局は昨年から今年にかけて大急ぎで、一斉に「人権方針」という決まりを作った。旧ジャニーズ事務所の性加害問題に適切に対応できなかったことへの反省が理由だ。先陣を切って作られたTBSホールディングスの人権方針には「人権侵害を防ぎ、社会の人権意識向上に貢献します」と書かれ、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に従うことが明記されている。CMを出すスポンサー企業の多くも国際基準の「人権方針」を掲げている。
そうした中、性加害問題についての説明があいまいなままの松本氏を不問に付し、出演者として起用することは、できたばかりのテレビ各局の「人権方針」にそぐわない。仮にその番組が利益を生んだとしても、正当性を説明できない。
複数の女性への性加害と裁判妨害の疑惑。こうした深刻な問題についての十分な説明がない限り、松本氏がさまざまな会社の「人権方針」をクリアする日は来ないのではないだろうか。この2年間、マスメディアは多くの人権問題に直面し、多くの約束をしてきた。それが本気だったのかどうか。松本氏を巡る今後の各社の対応はその答えを浮き彫りにすると思っている。
□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いた。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube『西脇亨輔チャンネル』を開設した。