ドローンAIでクマを撃退…政府識者が語るクマ対策の最前線 “猟友会利権”のしがらみも…

全国各地でクマによる被害が相次いでいる。環境省によると、昨年度全国でクマによる人身被害に遭った人は219人(うち死亡は6人)で、統計のある2006年度以降では過去最悪だった20年度の158人を上回り最多を更新した。先月30日には北海道厚沢部町の山林で70代のハンターの男性が遺体で発見されるなど、今年もクマのものと思われる被害の報告が寄せられている。地方では住民の高齢化や過疎化によるクマの生息域拡大が懸念されているが、国や自治体、住民はどのような対策を講じていくべきなのか。日本におけるクマ研究の第一人者で、政府の専門家検討会で座長を務めた東京農業大学の山崎晃司教授に、クマ問題の最前線を聞いた。

全国各地で相次いでいるクマによる被害(写真はイメージ)【写真:写真AC】
全国各地で相次いでいるクマによる被害(写真はイメージ)【写真:写真AC】

昨年度全国で被害に遭った人は219人(うち死亡は6人)で、過去最多を更新

 全国各地でクマによる被害が相次いでいる。環境省によると、昨年度全国でクマによる人身被害に遭った人は219人(うち死亡は6人)で、統計のある2006年度以降では過去最悪だった20年度の158人を上回り最多を更新した。先月30日には北海道厚沢部町の山林で70代のハンターの男性が遺体で発見されるなど、今年もクマのものと思われる被害の報告が寄せられている。地方では住民の高齢化や過疎化によるクマの生息域拡大が懸念されているが、国や自治体、住民はどのような対策を講じていくべきなのか。日本におけるクマ研究の第一人者で、政府の専門家検討会で座長を務めた東京農業大学の山崎晃司教授に、クマ問題の最前線を聞いた。(取材・文=佐藤佑輔)

 過去最悪となった昨年のクマ被害を受け、山崎教授ら専門家検討会は今年2月、クマを「指定管理鳥獣」とする対策方針を環境大臣に提言。4月に鳥獣保護管理法が改正され、絶滅の恐れのある四国の個体群を除き、クマ類(ヒグマ及びツキノワグマ)が指定管理鳥獣に追加された。

 指定管理鳥獣とは、集中的かつ広域的に管理を図る必要があるとして、国や都道府県による事業の対象となる動物のことで、調査や捕獲などに国から交付金が支給される。今回追加されたクマ類の他には、ニホンジカとイノシシが指定されている。

「指定管理鳥獣を巡っては捕獲や駆除による個体数管理ばかりが注目されがちですが、それは対症療法に過ぎません。クマの生息域と人間の生活圏、その間の緩衝地帯という区分を設けるゾーニング(区分け)や、出没した際の対応マニュアルの作成、専門人材の育成など、多方面からアプローチしていく必要があります」

 近年、なぜクマによる被害が増加しているのか。

「背景としては、全国的に過疎や高齢化が進み、クマの生息域が拡大して個体数が増加したことが考えられます。通常、クマは冬眠が明けた春先から徐々に体重が落ちていき、飢餓のピークが来る8月に最も被害が多く、どんぐりが実り始める9月以降は出没が減っていく傾向にあります。ところが昨年は北東北で軒並みどんぐりが凶作で、秋以降に一気に被害が増えた。いつ人里に出てきてもおかしくないという状況の中、そうしたちょっとのきっかけで大量出没が起こり得る状況にあるということです。昨年は北東北3県の被害が全国の半数以上を占めましたが、その他の地域でも2000年代以降、高止まりの傾向が続いています」

 山崎教授によると、今秋の状況は昨年と比較すると落ち着いているものの、条件がそろえば今後も大量出没が予想されるという。有害駆除を担う猟友会の人手不足や高齢化、市街地で警察から発砲許可が下りないといった問題も取りざたされているが、国や自治体はどのようなクマ対策を講じていくべきなのか。

「高齢化している今の猟友会にクマ問題を一任するのは限界があります。北海道の奈井江町で報酬面で折り合いがつかず、『森の中で米軍の特殊部隊を相手にするようなもの』という発言がありましたが、あながち間違いとは言えません。市街地での発砲は法律を改正して認めるほかありませんが、そうなると当然求められる射撃の精度や条件は厳しくなる。今後はサーマルカメラやAIを搭載したドローンでクマを捕捉して追い払うなどの施策も必要になってきますが、考えの固い猟友会が適応するには難しい。自衛隊や警察官も対動物用の訓練は受けていませんし、何より銃の種類から違う。対人用の小銃や拳銃では至近距離でもなければクマは倒せません。より専門的なプロフェッショナル集団の人材育成が不可欠です」

専門事業者の参入を妨げる猟友会の「政治的な利権」

 国では必要な技能や知識を有する事業者に捕獲を認め、有害駆除などの業務委託を行う「認定鳥獣捕獲等事業者制度」を設けているが、クマ類を対象とした装薬銃(火薬を使用した銃)による猟法を認められた事業者は本州でわずか6社、北海道で2社のみ。その中でも岩手や栃木などでは、地元猟友会がそのまま事業者認定を受けており、担い手の受け皿がないのが現状だ。

「政治的な利権も絡んでいます。クマの捕獲は年間で数百万円ほどの収入になる場合もあり、猟友会にもうまみがあるので、認定事業者制度ができる際には反対意見も多かった。現在、事業者が新規参入するには、猟銃免許、狩猟免許、狩猟者登録などの一般的な資格を有し、3年以内に捕獲を適切に実施した実績を持つ狩猟者を10人以上集めないと登録ができない制度になっています。もちろん、銃を使用する以上ある程度の資格や登録は必須ですが、地元猟友会が幅を利かせていて、新規事業者がおうかがいを立てないと活動ができないというところも多いです」

 ネット上では、一部で「クマのすみかを奪っているのは人間」「クマの出るようなところには住むな」という声もある。出没地域の住民はどのような行動を心掛けるべきなのか。

「クマがいつ出てもおかしくないという前提で、柿の木や家庭菜園などは取り残しがないようにする、外飼いの犬の餌を出しっぱなしにしないなど、誘因をしない努力は必要。地方行政にはクマ対策まで回せる予算は多くはありませんが、国からの補助金や森林環境税などを原資に、下草の伐採や電気柵の設置などで、クマの分布の前線を押し戻していくしかありません。

 去年のような市街地にも出る状況で、そんなところに住むなというのは無理な話。一方で限界集落や山の中の一軒家など、行政がどこまで対策を行うかは一概には言えません。また、登山や山菜取りなどでクマの生息地に入る場合は、ある程度は襲われても自己責任。クマ鈴やクマ除けスプレーの携行など、会わないような努力や対処法は考えておくべきです」

 クマの駆除を巡っては、一部の環境保護団体や動物愛護団体からの抗議が殺到することも問題化している。研究者の中には、クマを殺処分することに葛藤はないのだろうか。

「全国に200万頭以上いるシカや推定90万頭ほどとされるイノシシと違い、ツキノワグマは本州でおおよそ数万から10万頭程度、北海道のヒグマは最低1万2000頭ほどしかいないと推定されています。四国など絶滅が危惧されている地域もあり、地域や個体群ごとに対策を練る必要があります。今回、指定管理鳥獣となったことで、捕獲や駆除以外にもゾーニングやモニタリング調査など、交付金でやれることはたくさんあるというのは申し上げた通り。個体数調整だけが一人歩きしないような施策や、苦痛を与えない駆除の仕方についてはもっと議論されていくべきです」

 クマと人、お互いの生活圏を守っていくため、適切なすみ分けが求められている。

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