武藤敬司ら名レスラーの“入場テーマ”生み出したギタリスト、副業のつもりが「全部肥やしに」

副業のつもりで始めた仕事が本業にプラスになった経験を持つ人は多いだろう。ギタリストの戸谷勉は、バンド活動の傍ら、プロレスラーの入場テーマ曲作りに携わった。武藤敬司、佐々木健介らの名曲を筆頭に、生み出したプロレス関連の楽曲数はおよそ100。2ndソロアルバム『Over-Saturation』を発売した戸谷に、これまでの歩みと入場テーマ曲作りの秘話を聞いた。

2ndソロアルバム『Over-Saturation』を発売したギタリストの戸谷勉
2ndソロアルバム『Over-Saturation』を発売したギタリストの戸谷勉

大学で腐っていた自分が本気で音楽に 「異常なストイックさでした」

 副業のつもりで始めた仕事が本業にプラスになった経験を持つ人は多いだろう。ギタリストの戸谷勉は、バンド活動の傍ら、プロレスラーの入場テーマ曲作りに携わった。武藤敬司、佐々木健介らの名曲を筆頭に、生み出したプロレス関連の楽曲数はおよそ100。2ndソロアルバム『Over-Saturation』を発売した戸谷に、これまでの歩みと入場テーマ曲作りの秘話を聞いた。

 ギターを始めたのは中学校のときですね。文化祭で先輩たちが演奏するのを見て俺らもやろうよと。ちょうどハードロック、ヘヴィメタルのジャンルが出てきた時期で、ちょっと後にイングヴェイ・マルムスティーンというギターの早弾きのすごい人が登場したんですよ。その人にはかなり憧れたというか、影響を受けましたね。その人みたいになりたくて練習している中の1人でした。

 高校ではギター部に所属。普段は何も活動しなくて、文化祭のときだけやるような感じでした。その頃から同級生の中に自分でオリジナル曲を作って発表するバンドが、ポツポツ出てくるわけですよ。自分も影響を受けて、高校3年生のときには曲を作って、文化祭でもやりましたし、同じような活動をしているバンドが各学校にいたので、集まってイベントをしたり、市のホールを借りて活動をしました。

 卒業後は埼玉大学に進学しました。大学に行きたいというよりは、東京に出たかった。家にお金がなかったから、親からは「国立のみね」と、言われていました。ただ、第1希望の大学ではなかったから、つまらないわけですよ。就活のとき、バブル世代だったから企業から社員募集のパンフレットがダンボールで2箱も3箱も来る。みんなそうやって就活して、意気揚々としているんだけど、自分的にはもう腐っているんですよ。でもこっちに出てくる口実にはなったから、やりたいことをやろうかみたいな感じで、みんなが就活する時期に本気で曲をちゃんと書き始めて、練習もものすごくするようになったんです。

 親には「せっかく大学まで出させてもらったんだけど、申し訳ないけど、3年俺にチャンスをくれ」とお願いして、デビューするためにどうしたらいいか逆算しました。「お前、何言ってる。バンドでデビューなんて絶対無理」ってほぼ100%の人に言われましたね。当時から付き合っていたうちのかみさんだけ、1人だけ賛成してくれたので結婚した感じです。

 そこからはものすごく密度が濃い3年間でした。お金もないので、かみさんのアパートに転がり込んで、1分1秒を惜しんで練習の毎日。印刷会社の夜勤をやっていたんですけど、バイト先にもギターを持っていって、夜の休憩時間にギター弾きました。本当に鬼気迫るというか、あらゆる余暇をシャットアウトしました。彼女いるから普通だったらデートや旅行に行くじゃないですか。一切行かない。もうそんな暇ない、ごめんと言って。異常なストイックさでしたね。

 ライブをやった後って大体、出演したバンドみんなで和気あいあいと飲むじゃないですか。朝まで夢を語り合う。初めの1時間はいいんですけど、自分にとっては無駄な時間にしか思えなかった。みんな言うだけでやらないんですよ。それよりも、その日のライブでうまくできなかったことが頭から離れない。悔しくて、飲んでなんかいられる気分じゃない。でもお付き合いなので1時間だけしたら帰るよと言って帰って、ライブの録音テープを聞き返して、朝までひたすら練習をしていました。

 実際は“泣きの1年”があって、4年でデビューしました。バンドでデビューしたんですけど、当時イングヴェイ・マルムスティーンが高田延彦の入場曲を作っていたんです。音楽の激しさとプロレスの競技の激しさの部分がシンクロしたんでしょうね。ヘヴィメタルがプロレスの入場曲にハマっていた。それで自分がデビューした26歳のときに、佐々木健介さんの入場曲のオファーが来て、作ったのが『Take The Dream』でした。

 健介さんについては、ヘビー級の若手で、長州力の弟子だと聞いていました。「これからチャンピオンを取ってのし上がっていく感じだ」と説明を受けて。曲名はスタジオでレコーディングの最中に、「じゃあTake The Dreamで」、と決まった思い出があります。健介さんはすごく気に入ってくれて、「道場でも流してるよ」「本当こんな素晴らしい曲作ってくれてありがとう」と、声をかけてくれました。

佐々木健介(右)の入場テーマ曲『Take The Dream』は代名詞となった【写真:本人提供】
佐々木健介(右)の入場テーマ曲『Take The Dream』は代名詞となった【写真:本人提供】

武藤敬司『OUTBREAK』『Trans Magic』の誕生秘話

 他に印象深いのは、やっぱり武藤さんの曲です。新日本プロレスのときと全日本プロレスに移籍したときの2曲(『OUTBREAK』『Trans Magic』)を作りました。他の選手もそうなんですけど、曲はコンペにかかるわけですよ。いろんな作家の人が曲を書くんですけど、武藤さんは普通の選手の何倍もの候補があった。武藤さんはハードロックが好きで、俺も武藤さんの曲を書いてみたい願望もあって、だから今、絶対こういうのだったらハマるよねって思いながら結構頑張って書きました。

 コンペに向けては2~3曲を用意しました。各作家の人もみんなそうだと思います。その中から1曲が選ばれる。健介さんのときもTake The Dream以外に5、6曲を出していました。余談ですけど、その6曲の中に、のちの小島聡の曲『Ride Over』もあった。俺は『Ride Over』を健介さん用に書いたつもりだったけど、「健介はそんなにシャープでかっこいいわけじゃない」と言われて、ちょっとリズム的なテンポも早かったので、「こういうのは小島だ。健介がTake The Dreamだ」、となった経緯があります。

 個人的にも、武藤さんの曲は気に入っているんですよ。他の人の曲は良くも悪くも、自分をある程度殺して、選手にフィットさせるところがあるんですけど、武藤さんは割と自分まんまな感じでいけたんです。だから、すごく満足度が高いですね。新日の曲は正統派な感じで、全日の曲は王道なんですけどちょっと悪い要素を入れたほうがかっこいいなと思って、変化をつけました。

 武藤さんは曲はかっこよければいいよみたいなところがあって、パーティーとか大きな会場で会ったぐらいです。逆に蝶野正洋さんはスタジオまで来るほど、熱心でした。蝶野さんの曲は作っていないんですけど、蝶野さんがスタジオに遊びに来たとき、本人かプロデューサーが言ったのかな。「今度、東京ドームにハマーで登場するから、君が代をギターでガーンってジミヘンみたいにやってくれよ」と言われて、その場でギターだけで君が代をバーって弾いたことがあります。

 プロレスの入場曲から、本業に生かされたものはたくさんあります。こんなの俺の引き出しにないよ的なことをいっぱいオーダー受けるわけですよ。そのときはエッて思うんですけど、今にして思うと、全部肥やしになっている。非常にありがたかったというか、とにかく幅が広がりましたね。やっぱり曲は、聞いてもらってナンボですから。猪木さんの曲とか、ミル・マスカラスの曲とか、有名な曲はみんないい曲です。すぐに歌える。マニアックな世代にだけウケる曲ではない。そこは本当にプロレスで学んだところです。

今後の目標を語った戸谷勉【写真:ENCOUNT編集部】
今後の目標を語った戸谷勉【写真:ENCOUNT編集部】

異色の2ndソロアルバム 「昔プロレスでボツになった曲も入っています」

 コロナになって、やることなくて機材とかを断捨離したんですよ。そしたら、今まで仕事で書き溜めてた曲とか自分がそんな曲があったことすら忘れているような存在の曲が出てきたんです。意外とこれ使えるんじゃないっていう曲があって、そういうのをせっかくだから作品としてまとめようかなって発売したのが今回のアルバムです。だから昔プロレスでボツになった曲も入っていますし、ゴルフ番組の曲に使った曲もありますし、一から作っちゃえって書き下ろした曲もあります。半分ぐらいは昔のネタですね。それをブラッシュアップして、アレンジし直して新しくしました。

 今、メインの活動は石井仁さんとのユニット「KOORI Guitar (桑折ギター)」です。石井さんは同郷の先輩ギタリストで、実家の桑折町の近所に住んでいて、「石井さんがプロになった。俺もやろうか」みたいな、目標の人だったんですよね。東京でプロ活動していて、30年ぶりぐらいに会う機会があって、「もう俺たちも若くないから死ぬ前に1回ぐらいは何かコラボレーションしたいね。アルバム作ろう」と言われて、2人で結成しました。このユニットは音楽的にもすごく充実しているので、今後さまざまな活動をしていきたいと思っています。

□戸谷勉(とや・つとむ)1968年、福島県出身。96年『BLUE STEALER』のギタリストとしてテイチクレコードよりプロデビュー。佐々木健介、武藤敬司らプロレスラーの入場テーマ曲を数多く手がける。2005年、1stアルバム『AN INFINITE STRING』を発売。石井仁とのギターインストデュオ『KOORI Guitar (桑折ギター)』では1stアルバム『JUICY』(19年)、2ndアルバム『Yummy!』(21年)を発表。使用ギターはフェンダーUSA「ストラトキャスター」。

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