話題の大ヒット小説『変な絵』に海外7か国から出版オファー 双葉社・渡辺拓滋氏「前例のないコンテンツ」
覆面YouTuberでホラー作家・雨穴(うけつ)氏初の書き下ろし小説『変な絵』が昨年10月の発売以来、45万部を突破して7か国での翻訳本の出版が決まった。単行本『夜に駆ける YOASOBI小説集』(20年9月発売)を始めとするYOASOBI関連本が35万部、サッカー日本代表MF三笘薫(ブライトン)の初著書『VISION 夢を叶える逆算思考』(6月発売)が8万部に達しており、どちらも海外での翻訳本出版オファーが相次いでいる。この3冊を担当した双葉社(東京・新宿区)編集局次長・統括編集長の渡辺拓滋氏は「国内と翻訳出版を合わせると、100万部に到達する売り上げとなっております」と明かし、最初から翻訳出版のヒットを狙うことの重要性を語った。マンガではなく、小説やエンターテインメント本を海外でも当てる手法と思考法を聞いた。
三笘薫の言葉に説得力『現状維持は衰退なり』
覆面YouTuberでホラー作家・雨穴(うけつ)氏初の書き下ろし小説『変な絵』が昨年10月の発売以来、45万部を突破して7か国での翻訳本の出版が決まった。単行本『夜に駆ける YOASOBI小説集』(20年9月発売)を始めとするYOASOBI関連本が35万部、サッカー日本代表MF三笘薫(ブライトン)の初著書『VISION 夢を叶える逆算思考』(6月発売)が8万部に達しており、どちらも海外での翻訳本出版オファーが相次いでいる。この3冊を担当した双葉社(東京・新宿区)編集局次長・統括編集長の渡辺拓滋氏は「国内と翻訳出版を合わせると、100万部に到達する売り上げとなっております」と明かし、最初から翻訳出版のヒットを狙うことの重要性を語った。マンガではなく、小説やエンターテインメント本を海外でも当てる手法と思考法を聞いた。(取材・文=鄭孝俊)
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――昨年10月に出版した『変な絵』が大ヒットしています。売れた理由をどう考えますか。
「10代、20代の若い方々は活字の本よりYouTubeなど動画投稿サイトに関心を持っている方が多いです。実はそこが入り口となりました。YouTubeでホラー動画を投稿している雨穴さんを発見し、初となる書き下ろし小説の出版をオファーしました。当時、雨穴さんのYouTubeチャンネル登録者数は70万人で動画『【不動産ミステリー】変な家』の再生回数は1100万回を超えており、若者から大きな支持を得ていました。もし、雨穴さんが初となる書き下ろし小説を出版すれば、“オモしろコワい”イラストが描けて音楽もできる新時代の小説家になると思いました。
『変な絵』はYouTube動画が前書きにあたり、次いで実際の小説が本編、最後にYouTubeの音楽が後書きとなり、この3つがセットで1つの作品となる新時代のメディアミックスの構成にしました。私のプロデュースの狙いとしては、導入部にあたる動画で若者を引き付けて小説へ誘い、最後に音楽を聴いて雨穴さんの世界観を体感する。まさしくネットと融合した次世代型小説と呼べる出版界初のコンテンツになったと思っています」
――『夜に駆ける YOASOBI小説集』を始めとするYOASOBI関連本は35万部。“小説を音楽にする”という発想をどう考えますか。
「YouTubeやTikTokから音楽のヒット曲が生まれる事例がここ数年急速に増えています。若い世代のアーティストの中には歌だけではなく、作詞作曲やミュージックビデオ(MV)の制作を自ら行う人もいるので注目していました。2019年ごろから、言語化能力が非常に高く強固なファンコミュニティーを持つアーティストと、出版社である私たちが持つストーリー作りや小説作りのノウハウを掛け合わせたら作品力の高い新ジャンルのコンテンツができるのではないかと考えるようになりました。
そうした中、20年春頃にYOASOBIさんを知り、楽曲の原作となった投稿小説を加筆する形で、しっかりとした作品に仕上げ小説集として出版させていただけないかと提案しました。ファンはYOASOBIさんの音楽の詞や曲の根底にある世界観、ストーリーをもっと深く知りたいのではないかと思ったからです。こうして音楽と小説とが融合する前例のないコンテンツが生まれました」
――8万部を売り上げている三笘薫選手の『VISION 夢を叶える逆算思考』。タイトル中の「逆算」というワードが気になります。
「欧州のトップリーグに所属して、自らのドリブルで切り拓いてゴールを挙げている選手はおそらく日本人で初めてではないかと思い、出版をオファーしました。三笘選手が世界で果敢に挑戦する姿を通じ、多くの人たちに努力すれば世界でも活躍できることを伝えたかったからです。三笘選手も『次の世代の子どもたちに自身の思考法やメソッドを伝えたい』という気持ちがあったため、企画を了承してくれました。本の内容は三笘選手を形作るドリブル、シュート、メンタル、思考法、食事法、子ども時代の教育法、睡眠法、フィジカル法、ストレッチ法、英語、リーダー論、海外挑戦法など120のメソッドと、多岐にわたります。
多様な要素が詰まっているので子どもから大人、小中高大の学生、指導者、ビジネスパーソン、女性までほぼ全ての人に関心を持っていただける内容です。スポーツ選手の本というと、サッカーの本だったらサッカー好きな方、野球の本だったら野球好きな方を読者として想定していると思いますが、私は編集者として『世界の三笘』を作り上げた根幹の部分、さらにサッカー以外の部分にも興味を持ちました。目標を自分で決めてそのためにはどのような課題解決が必要なのか、を逆算して考えていく。
つまり、エビデンスとサイエンスと自己プロデュース力。これを常に意識しているところが、他のスポーツ選手にはない三笘選手の素晴らしさだと思いました。『現状維持は衰退なり』『毎日の努力の積み重ねが重要』という三笘選手の言葉には説得力があります。日本の将来を担う子供たちが成長したり、ビジネスパーソンが仕事で活躍したりするためのヒントが隠されているかと思います」
タイでも爆発的な売り上げに現地出版社も驚き「過去に例がない」
――ところで、これら3冊は世界的にも注目されていると伺いました。
「『変な絵』は台湾、韓国、タイ、インドネシア、ベトナム、中国、イギリスから翻訳のオファーをいただき、出版が決定しています。すでにタイ、韓国では出版がされています。特にタイでは7月末から8月初旬にかけて行われた現地出版イベントで『変な絵』が売り上げランキングトップとなりました。イベント当日が『変な絵』の現地発売日で発売即1位という爆発的な売れ行きに現地出版社も『過去に例がない』と驚いたそうです。
ウケるポイントは国の事情によってそれぞれですが、海外でも雨穴さんの“オモしろコワい”YouTube動画から入った読者が多いようです。YouTubeに興味を持って本を購入しページをめくると、中に描かれた91点の変なイラストがパズルゲームのような感覚で楽しめます。『夜に駆けるYOASOBI小説集』も韓国、台湾、タイで翻訳版が出版されました。新たにインドネシアからもオファーを頂いております。YOASOBIさんのYouTubeアニメのクリエーターが小説集の表紙イラストも担当しているので海外でも大反響を呼んでいます。新曲『アイドル』の世界的ヒットでYOASOBIさんの知名度が世界規模で広がったため、翻訳本のオファーがありがたいことにさらに増えそうです。
三笘選手の本も台湾と英国から翻訳オファーの問い合わせが来ています。英国でも三笘選手は大人気ですし、台湾はおそらく日本人という枠ではなく世界的スーパースターとみなしているためでしょう。今後も日本の活字作品が海外のファンに受け入れられるような、エンゲージメント性のあるアイデアや工夫を磨いていきたいと思います」
――世界視点での企画力が今後の出版業界には必須ということでしょうか。
「最初から世界での翻訳本を視野に入れた企画力や設計が、今後、重要になって来るかと思います。雨穴さんの『変な絵』はYouTube動画×小説×音楽が1つのセットとして海外にも広がるよう、“読む”“見る”“聴く”を意識し当初から世界的なヒットを狙えたらと考えて設計したメディアミックス作品です。YOASOBIさんは音楽と小説の融合、そして三笘選手は22年12月1日に行われたワールドカップカタール大会の日本―スペインでの『三笘の1ミリ』が世界中で報じられました。
この1枚の写真に驚いた私は三笘選手の世界的な活躍を基に、彼を形作る全てをメソッド化して、『日本だけではなく世界の人たちにも読んでいただけるように分かりやすく言語化した本を出版できないか』と企画しました。YouTube動画やSNSを中心に強固なファンコミュニティーが作られている場合、そこには必ず世界中にファンがおりグローバルなマーケットがあります。まだまだトライ&エラーの最中ですが、世界中の熱心なファンを対象とした翻訳小説や翻訳エンターテインメント本などをプロデュースしていく、エンゲージメント性の高い思考法やコンテンツ作りが今後一層求められるかと思います」
――一方で、日本の出版界全体の将来についてはどう見ていますか。
「少子化で国内市場が小さくなっていく中、グローバル市場で収益を上げていくノウハウの育成が必要ではないでしょうか。韓国や台湾、タイ、インドネシア、中国などアジアの出版社とも連携して、ストーリー作りからスタートし、欧米各国などにも広げ最大化する発想となります。全てはオリジナル性の高いストーリー作りが原点になると思っています。日本だけではなく、世界でどういったスート―リーが受けるのかを常に視野に入れたコンテンツ制作。それが日本の出版業界にとって、さらに急務となりそうだと思っています」
――ところで、新しい取り組みとして小説と音楽をコラボさせた新プロジェクト『オトトモジ』を企画プロデュースし、スタートしたと聞きました。具体的にはどのような内容でしょうか。
「『オトトモジ』は『音楽を読んでみた、小説を聴いてみた』をテーマに、小説の世界観を題材に音楽を制作する合同プロジェクトです。第1弾として作家・清水セイカさんの書き下ろし小説『生贄たちの午後』の作品世界を、『夜更かしさんは白昼夢を見る』の作詞・作曲を務めた匿名アーティスト・Ayatoが同名タイトルの楽曲にしました。小説ストーリーの主題となっている『偽善』をテーマにAyato自身が作詞作曲、楽曲を担当し、主人公が至る末路の“ナゼ”に対するアンサーが含まれています。小説の結末から浮かび上がる主人公の感情がうまく表現されていて聴きごたえがあると思います。今後、作家・此見えこさんの作品もアーティスト・灯橙あかさんの音楽と同時リリースされます。このような小説と音楽の融合が新しいクリエイティブの世界を切り開いていくと期待しています」
□渡辺拓滋(わたなべ・たくじ) 東京都出身。早稲田大卒業後、双葉社に入社。出版プロデューサー兼編集者として有名人の本を数多く手掛け、書籍と雑誌で累計500万部を売る。出版を通じて政治家や起業家、芸能人、アーティスト、スポーツ選手のプロデュースを多数行っており、代表作に乃木坂46・ファースト写真集『乃木坂派』、小泉純一郎元総理・写真集『Koizumi』、小池百合子都知事・写真集『YURiKO KOiKE』、『孫正義 2.0新社長学』、『羽生善治と藤井聡太 天才になる11の思考ルール』、長友佑都『日めくりカレンダー』、のん『アニメ この世界の片隅にBOOK』、YOASOBI『夜に駆ける YOASOBI小説集』、三笘薫『VISION 夢を叶える逆算思考』、雨穴『変な絵』など。女性ファッション誌『EDGE STYLE』編集長時代には、「読者モデル」ブームを作る。スポーツ界のメディアプランナーの仕事も手掛けており、2004年プロ野球1リーグ制「再編問題」が起こった際には、古田敦也・選手会会長の『決意』を出版し、日本プロ野球界の「改革」に務めた。現在、日本サッカー界唯一のオピニオン誌『サッカー批評WEB』統括編集長も務める。