1億円の車を借りたら…まさかの“ハプニング”に冷や汗 知られざるロケバス会社の仕事
映画やテレビ番組、CM、ミュージックビデオ(MV)など撮影の裏方は、俳優やタレントの素顔に触れることのできる数少ない仕事だ。有限会社ブレインの鈴木実さんは、1994年に会社を設立して以来、撮影用のロケバスや劇用車の貸し出し、ロケーションコーディネーターを務めてきた。いったい、どんな仕事なのか。働きがいとは?
ロケバス、劇用車、ロケーションコーディネーターの仕事とは?
映画やテレビ番組、CM、ミュージックビデオ(MV)など撮影の裏方は、俳優やタレントの素顔に触れることのできる数少ない仕事だ。有限会社ブレインの鈴木実さんは、1994年に会社を設立して以来、撮影用のロケバスや劇用車の貸し出し、ロケーションコーディネーターを務めてきた。いったい、どんな仕事なのか。働きがいとは?(取材・文=水沼一夫)
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鈴木さんは高校卒業後、服飾の専門学校に進み、洋服販売の路面店に就職した。周囲にスタイリストやテレビ・雑誌の仕事に進んだ友人が多く、自然と洋服をレンタルするようになった。ある日、洋服を取りに来た友人が大きな紙袋をいくつも持つ姿を見て、「電車に乗るの大変だね」と聞いた。すると、「ロケバスで来ている」と言われ、初めてロケバスのことを知った。それがきっかけで、3年ほどキャリアを積んだ後、ロケバス会社に転職した。
24歳のときに独立。ロケバスに加え、劇用車のレンタルやロケーションコーディネートに業務を広げた。「もともとアメ車が好きで、古いキャデラックに乗っていました。撮影で貸してくれと言われたのが劇用車のきっかけですね」。現在は5人のスタッフを抱え、日々業務に追われている。1人あたり、月に4~5件の仕事が入る。撮影の場合、1件で4~5日拘束されることも多い。「年末歌番組でこのタレントさんの送迎がありますと言われると、年をまたいじゃう」。28年間、「ほとんど休みがない。会社としては1年365日稼働しています」という状況だ。
会社としては保有するのは、ロケバス10台、劇用車6台、モーターホーム1台の計17台だ。劇用車は、1967年式フォード・マスタングコンバーチブル、70年式フォルクスワーゲン(VW)・タイプ1ビートル、VWポロ、VWゴルフヴァリアント、メルセデス・ベンツGLC、バイクのベスパだ。ベンツは「再現VTRの撮影で黒っぽい車を、と言われりします」と、安定的なニーズがある。
ロケバスは、文字通り、ロケの際に、芸能人や俳優の移動の足となるものだ。レンタカーとの違いは、長期の利用が可能で、バスの細部にこだわりがあること。メイク用の照明付きの鏡や衣装をかけるハンガーラック、着替えのための間仕切りカーテン、お茶台、ミニ冷蔵庫などを備える。後部ドアは、観音扉になっており、開きやすくなっている。最近では各シートの横に電源コンセントとUSBポートを備え、スマホの充電の要望に応えている。トイレはないため、スタジオ収録や現地施設でトイレを利用できることが前提としてある。
鈴木さんは貸し出すだけでなく、利用する人に合わせた事前準備も怠らない。「例えば、明日は女優の○○さんが使うから、と言われれば、その女優さんが好きな飲み物を調べて冷蔵庫に入れておきます。例えば、ある女性歌手は一時、『お~いお茶』が好きな時期があった。ティーバックやペットボトル、温かいお茶をポットに入れて持っていったら喜ばれましたね」。食べ物は制作会社や事務所側で用意することが多いため、好みに合った飲み物の提供を心がけている。また、天候や気温のチェックも欠かさない。「今日はロケで寒いかなと思ったら、外で使うストーブを持って行ったり、その時その時で必要と言われなくても、あれば持っていきます」。毛布やブランケット、ひざ掛けも常備している。
モーターホームはキャンピングカーを改造したもので、ロケバスの豪華版と言える。ハリウッド俳優やタレント、ミュージシャン、モデルなどの大御所に需要があり、室内はテーブルやソファ、キッチン、メイク台、トイレ、シャワーを備える。「映画で海外から俳優が来ると、来日の条件としてモーターホームを入れるらしいですね。ハリウッド女優にコンビニのトイレに行かせるわけにはいかないじゃないですか」。実際に、あるハリウッド男優はシェフ付きで来日し、シェフは車のキッチンで料理をしていたという。
1億円の車を借りたら…まさかのハプニングに冷や汗
鈴木さんの会社で使用しているモーターホームは米国製で、横2.5メートル、長さ10メートルとかなりの大きさだ。3年前に中古車を500万円で購入し、ベッドをメイク台に改装するなど、200万円をかけてカスタムした。ホテルのスイートルームのような雰囲気がある。「Aさん、Bさん、Cさんにちょこちょこ使ってもらっています」。名前を挙げたのは、いずれも女性の人気シンガーソングライター。ちなみに料金は、撮影場所までの移動時間も含めて、8時間で5万円という設定だ。
一方、劇用車は、既存の車の貸し出しのみならず、依頼主の要望に応じて、ふさわしい車を探して届けることも多い。最近では、某アイドルグループや男性2人組音楽ユニットのMV撮影に使用する車を用意した。後者は製作サイドから、「赤い軽自動車」との要望があった。鈴木さんが探し出したのは、ダイハツ車。撮影に協力してくれるレンタル業者が見つからなかったため、島根の中古車店で車を買い取って、自走で帰京した。撮影後は売却せずに、会社で保有している。条件に合った車がない場合は、自作で作ることもある。何げない中古バイクが白バイに変身することも。「部品がオークションで売っていることもあり、集めて作ります」。車やバイク全般に深い知識が求められる仕事だ。
ある案件では、「1億円の車を借りて撮影したこともあります」とも。探したのは、“幻の車”と言われるトヨタ2000GTだった。50年以上前の車だが、生産台数が少なく、北米のオークションでは1億円超えの価格で落札されたこともある。鈴木さんは販売店から借りた。レンタル費用は「劇用車としては結構な値段ですね」。ところが、冷や汗をかく経験があった。撮影は2日間に及び、通常は撮影が終わると、車を保管場所に戻す。ところが、「驚いたのがオーナーさんが忙しい人で、スタジオに丸1日置いておいてくれと言われて、置きっ放しにされちゃったんですよ」。
もちろん、そのままにするわけにはいかない。1億円の車のハンドルを握った鈴木さんは、「もう怖くて(笑)。緊張して覚えていないんですけど、エンジンの音が体に響いてくる。すごいなと。今の車にはない感覚でした」と振り返った。劇用車には常に気を配り、「汚れはもちろん、車に誰かの指紋がついてしまうと、撮影に写っちゃったりするのでふき取ります。タイヤの向きを変えたり、ワックスを塗ることも。車のそばにいて、必要なことがあれば対応します」という。
難易度高いロケーションコーディネート 想像の世界を現実化
仕事の中で、ハードルが高いのがロケーションコーディネートだ。「お客さんの依頼があって、例えば撮影場所がレストランなら希望する条件のレストランを探します。山でも海でも探します」。依頼の内容から具体的なイメージは浮かぶものの、場所の特定がないため、探すのはひと苦労。
「みなさん想像なんですよね。撮影場所でも『こういう場所ない?』なので、実際に存在するものを資料としてもらうわけじゃない。湖と言っても、湖の右側に山を見てとか、左側に山を見てとか言われると、それは探すのは大変ですよね。想像の世界のものを現実化しないといけないので」
車とは異なり、過去に販売されたリストもない。「自然相手の方が大変ですよね。調べても出てこないんですよ。実際に自分でリサーチして、当たりをつけて行くんですけど、写真ってよく見えちゃったりするじゃないですか。周りがこんなんだったんだって、一個一個現場に確認しなくちゃいけない」。撮影は周囲の環境も大事だ。「ひと昔前は依頼がなくても時間があれば自分の足で探しに行きました」と、涙ぐましい努力を続けてきた。企業のCMでは注意も必要で、「1回使った場所だと、対抗するライバル会社だと嫌がられたりします」という暗黙のルールもある。
現在は地図アプリなども活用でき、「だいぶ楽になった」と鈴木さんは言う。いかにマッチングさせるか、知識だけでなく、これまでの経験が生きることが多いという。
苦労した分、条件に合う景色や店を用意できたときは、達成感も強い。
「撮影場所でも劇用車でも、希望されるものが見つかって実際に撮影されてテレビやポスター、映画になったりするのを見たときは、やりがいを感じますね。自分の仕事が世間の目に触れるというか、なかなかそういう仕事って少ないと思うんですよ。言われたものが見つかったときは、やっぱりうれしいです。採用に至ったというか」と鈴木さんは笑顔を見せた。
ちなみに“職業病”もある。「場所に詳しくなりますよね。テレビ見ていても、『あ、ここだ』とか、自分がした仕事じゃなくても、気になっちゃったりしますよね」。奥深い仕事だ。