「なんで貸さないといけないの?」から信頼関係 車メーカー10社連携の博物館、実現のワケ

モータースポーツの約130年の歴史をたどり、世界の伝説的なレース車両約40台を集めた博物館「富士モータースポーツミュージアム」(静岡県小山町)が新たに誕生した。国内外自動車メーカー10社の連携による常設展示はモータースポーツミュージアムとしては世界初の試みといい、7日に堂々オープン。布垣直昭館長に構想から5年をかけた新たな挑戦の秘話を聞いた。

「富士モータースポーツミュージアム」の布垣直昭館長は新たな挑戦の秘話を明かした【写真:ENCOUNT編集部】
「富士モータースポーツミュージアム」の布垣直昭館長は新たな挑戦の秘話を明かした【写真:ENCOUNT編集部】

「富士モータースポーツミュージアム」布垣直昭館長に直撃 インバウンドに期待感

 モータースポーツの約130年の歴史をたどり、世界の伝説的なレース車両約40台を集めた博物館「富士モータースポーツミュージアム」(静岡県小山町)が新たに誕生した。国内外自動車メーカー10社の連携による常設展示はモータースポーツミュージアムとしては世界初の試みといい、7日に堂々オープン。布垣直昭館長に構想から5年をかけた新たな挑戦の秘話を聞いた。(取材・文=吉原知也)

「日本のモータースポーツや自動車文化を盛り上げたい」――。「トヨタ博物館」(愛知県長久手市)の館長を務め、富士モータースポーツミュージアムと兼任する布垣館長は、熱い思いをこう語る。

 日本を代表するサーキット「富士スピードウェイ」に隣接し、新たに開館するラグジュアリーホテル「富士スピードウェイホテル」の1、2階に併設。「モータースポーツの魅力と意義を伝える」をコンセプトに、実際の名車展示のほか、体系的な歴史の紹介に加えて、量産車メーカーの創業者がモータースポーツ車両開発にかけた思いについても伝える、豊富な展示内容だ。

 世界的に知られるサーキット場の周辺に、大型宿泊施設と博物館が新たな仲間として加わった。布垣館長は「富士スピードウェイは半世紀以上にわたって、モータースポーツを牽引(けんいん)してきた施設です。これまではレースに関心の高い方が中心に来られていたと思いますが、今回、ホテルとミュージアムがここにできることによって、より幅の広いお客様に来ていただけることにつながるんじゃないかと考えています。長年懸案としてもあったホスピタリティーの面で、まさにレースを目の前でゆったり楽しんでいただくことができますし、海外のお客様は富士山をお目当てでいらっしゃる方もいると思います。両方を楽しむ意味では、まさに絶好の場所になると思います」と意義を語る。

 今だからこそ、モータースポーツにおける130年の歴史を伝えることが大事だという。「今は自動車業界全体が100年に一度の大変革期と言われているんです。130年前は今と似た状況だったことも展示を通して発信しています。まさに今、ガソリン車が電気になるのか水素になるのかと議論されているように、昔は蒸気自動車や電気自動車が競い合っていました。どうなるんだろうと言っている時に、彗星のごとく現れたのがガソリン車でした。どれが本命になるのか誰も分からなかったわけです。その中で誕生した自動車レースというのはある意味、決着をつける引き金になりました。次の時代の決着がどうなっていくのか、サーキットの場はそれを見定めるための実証の場になっている側面があります」。

 進化を伝える展示内容にもこだわりを貫いており、「130年の時間のスケールを展示に凝縮しています。今まさに見ている現代のレースについて厚みが増してくると思います。それに、過去にこんなレースがあったのかと歴史をたどることができます。車に関心のない方にも楽しんでいただけるように工夫しておりますので、何かここからヒントを得ることができるのかなと思っています。最後のコーナーでは、今訪れている変革期と自動車の今後についても考えるきっかけにしていただければ。水素やカーボンニュートラル燃料レース車など新しく展示を充実させていく予定です」と強調した。

 5年ほど前に構想段階に入り、数多くの世界のレースについて、そもそもどの規模で取り上げるのかを考えるところから始まったという。「逆に言うと、絞り込むのに時間がかかりました。こことここと決めるために全体を知らないと絞れません。なんでここを取り上げなかったの? と聞かれた時に、自分たちが全体を知っていればしっかりと答えられます。凝縮するのにして5年かかりました」と明かす。

 展示車両の協力企業は、代表メーカーがそろい踏みだ。国内は株式会社SUBARU、日産自動車株式会社、日野自動車株式会社、本田技研工業株式会社、マツダ株式会社、三菱自動車工業株式会社、ヤマハ発動機株式会社、ムーンクラフト株式会社、株式会社エッチ・ケー・エス。海外はThe Henry Ford、Mercedes-Benz AG、Porsche AGが名を連ねている。

来場者を出迎える「トヨタ7」のおしゃれなオブジェ【写真:ENCOUNT編集部】
来場者を出迎える「トヨタ7」のおしゃれなオブジェ【写真:ENCOUNT編集部】

ラリーと耐久レースを採用 「道場のような場としてモータースポーツがあったのです」

 それでは実際に、協力を取り付ける上での苦労、大変だったところはあったのか。「やっぱり初めは、なんで(車両を)貸さないといけないの? というところだと思うんです。皆さん自社でコレクションホールをすでにお持ちです。富士モータースポーツミュージアムのここに置くという意義を1つずつご説明して納得いただいて、1つ1つ積み上げいきました。まさに、信頼関係だと思っています」。その背景にあったものはどんなものか。「危機感です。これからもっと自動車業界を、モータースポーツ界を盛り上げないといけないよね、というコンセンサス(同意)になっていきました」と教えてくれた。

 他社との心を通じた話し合いから、展示内容に磨きがかかった。「僕らが提示することで納得いただいた部分もありますが、一方で、1社1社さんといろいろなお話をする中で、逆に僕らにとってこのミュージアムのコンセプトが見えてきたところもあります。例えば、当初は、富士スピードウェイのすぐそばにあるからサーキットメインのレース紹介でもいいんじゃないか、という意見がありました。それがメーカーさんとお話をするうちに、(一般公道を封鎖し、特定区間の通過タイムを競う)ラリーはやっぱり外せないよねと言う話になってきた部分はあります。日本車というのは、ラリーが大事ですよね。耐久レースもそうです。この2つの大きなレースにどれほどの情熱とエネルギーをかけてきたのか、そこにはやっぱり理由があるんです。これはミュージアムの根幹に関わる話だなと感じました。皆さんが知っているような普段道路を走っている車はどうやってレベルアップして鍛えられてきたのか。道場のような場としてモータースポーツがあったのです。どこのメーカーさんもそれぞれの思いを懸けてきて、ラリーや耐久レースで鍛えた車が道路を走るようになった。そのことを伝えていきたいです。おそらく参加企業に共通している概念だと思っています」とのことだ。

 布垣館長はさらに、「この“富士モータースポーツフォレスト”全体のプロジェクトオーナーであるモリゾウさんこと(トヨタ自動車の)豊田章男社長は、今後のモータースポーツ全体の盛り上げを考えておられますが、その際、海外から人が集まり、交流する場が必要だと言っておられます」と強調する。

 そのうえで、このエリアの今後の繁栄のカギを握る1つとなる、インバウンド(訪日客)の見通しを示す。「日本だけでなく、アジアの国々の方たち、世界の皆さんにも来てもらいたいです。今現在は、新型コロナウイルス禍の影響を受けていますが、来年ぐらいからはかなり来日客が戻ってくるのではと予想をしています。その時のためにしっかり準備を整えて、世界のお客さんを呼び込むことができれば。トヨタ博物館の事例で言うと、コロナ禍前は、年間約26万人の来場者に対して、海外のお客様は大体15%を占めていたんです。増える傾向にありました。そういったことから考えると、今まで来られなかった海外のお客様がここに来る。その時に泊まるところがないといけないよね、文化を楽しめる施設があればいいよね。レースがない時にどうやって楽しむのかといった時に、ミュージアムを見てくださいという過ごし方が提供できます。どうぞゆったり(ホテル施設内の)温泉でリラックスしてください、そういった幅が広がりました。この場所に来られる方の層の幅がうんと広がるのではないかと期待しています」と話す。

 トヨタ博物館の運営を兼務で担う布垣館長。自動車文化の未来を担う責任感がほとばしる。「富士モータースポーツミュージアムができることで、実はやっとペアが完成したのかなと思っています。トヨタ博物館は量産車の歴史を紹介しています。そこにもう一方の大事なポイントである、車を鍛える場であるモータースポーツを伝えていく施設が加わることになりました。決してトヨタ博物館とここがバラバラになるのではなく、引き続き連携しながら、人的交流をしていきながら、双方がよりいいミュージアムとして発展していければなと思っています」と言葉に力を込めた。

 □布垣直昭(ぬのがき・なおあき)京都市生まれ。1982年、トヨタ自動車工業(株)入社。愛知、東京、欧州拠点などで初代ハリアー、アルテッツァ、初代イストなどをチーフ・デザイナーとして担当する。2006年、グローバルデザイン統括部部長としてトヨタやレクサスのブランド戦略を担当。07年、東京デザイン部長として、モーターショーカー、NS4、FCV-Rなどを提案出品。14年1月からトヨタ博物館長着任。15年から企業メセナ協議会理事、16年1月から社会貢献推進部長着任。トヨタ博物館長は継続。22年10月、富士モータースポーツミュージアム館長着任。趣味はギター演奏とスキー。

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