川崎鷹也、玉置浩二の曲を「歌うことから逃げていた」 憧れの人のカバーを決断した理由

シンガーソングライターの川崎鷹也が音楽プロデューサーの武部聡志氏とタッグを組み、初のカバー作品集『白』を完成させた。シンガーとしても高い評価を受ける川崎が数々のポップソングを手掛けてきた武部氏と作り上げた名曲カバーの数々。2回にわたってお届けしている2人の対談、今回のテーマは「カバーソングの作り方」。制作現場を振り返ってもらった。

川崎鷹也と武部聡志氏 (右)【写真:山口比佐夫】
川崎鷹也と武部聡志氏 (右)【写真:山口比佐夫】

シンガーソングライターの川崎鷹也が音楽プロデューサーの武部聡志氏のインタビュー

 シンガーソングライターの川崎鷹也が音楽プロデューサーの武部聡志氏とタッグを組み、初のカバー作品集『白』を完成させた。シンガーとしても高い評価を受ける川崎が数々のポップソングを手掛けてきた武部氏と作り上げた名曲カバーの数々。2回にわたってお届けしている2人の対談、今回のテーマは「カバーソングの作り方」。制作現場を振り返ってもらった。(取材・文=福嶋剛)

――前回は王道のポップソングについて語っていただきましたが、今回はカバー作品『白』についてお聞きします。まずは今回の選曲テーマについて聞かせてください。

川崎「僕は常に『この人のために曲を書きたい』と思って曲を書いてきたので、今回のカバーに関してもその思いは一緒で、『大切な人との思い出の曲をその人に向けて歌う』というコンセプトでそれぞれ選曲しました。並べてみたらかなりヤバい選曲になりましたが、やっぱり自分が納得のいく5曲、自分が責任を持てる5曲を選びたいという思いから今回の選曲にいたりました」

――美空ひばりさんの「愛燦燦」をカバーしようと思ったのは?

川崎「これは僕の祖母が大好きな曲なんです。子どもの頃からよく聴かされていた思い出の曲で今回のカバーEPを作ることが決まって真っ先に大切な祖母のために歌いたい、そう思いました」

――武部さんは今回の「愛燦燦」をどのようにアレンジしていったのでしょう?

武部「これまでほかのアーティストのカバーなど何度もアレンジしたことがある曲なんですが、今回は川崎くんに一番合うものを設えたいと思い、選曲の段階から『こんな感じはどう?』ってキーボードを弾きながら進めていきました。僕は落ち着いて朗々と歌い上げるよりも、ちょっと攻めた感じで歌った方が川崎くんらしいかなって思いました」

――川崎さんの温かみのある歌声とバンドサウンドによるアレンジがとても新鮮でした。

川崎「僕の想像は原曲の範囲内だったのでそれをはるかに超えるアレンジを用意してもらい『おお!すげえ!』ってびっくりしました。(笑)」

――歌入れはいかがでしたか?

川崎「この曲が武部さんとの初めてのレコーディングだったんです。最初はすごい緊張しましたね。おまけに5曲の中で一番歌入れが難しかった曲で、メロディーラインを譜面通りに歌っても聞こえ方が違うんです。たぶんひばりさんにしか出せない不思議なパッションとかエネルギーみたいなものがあるんだなって初めて感じました」

――次はエレファントカシマシさんの「悲しみの果て」です。武部さんのピアノによるイントロやゴスペルっぽいアレンジがとても印象的です。

川崎「この曲は、大切な親友との思い出の曲なんです。彼は夢を追いかけて芸人をやっていたんですが、今は僕のマネジャーをしてくれています。そんな彼に向けて歌いたいと思って選びました。このイントロは武部さんと2人で選曲をしている段階でできていて、イントロを聴かせていただいたとき、めっちゃしびれましたね」

武部「普通にエレカシのまんまカバーしたら川崎くんではなくなってしまう。それぐらい宮本くんの強烈な個性がある曲なので、ロックバンドのアレンジじゃない方向で、なおかつこの曲と川崎くんの持ち味が生きるアレンジは何かなと探していたら、ソウルっぽさやゴスペルっぽい匂いみたいなものが共通してあるなと気が付いたんです。だからもう最初の打ち合わせ時点で『これだ!』って決まったんですよ(笑)。歌入れも一発。録り直しもなしで歌ったそのまんまを使っています」

川崎鷹也【写真:山口比佐夫】
川崎鷹也【写真:山口比佐夫】

竹内まりや「元気を出して」では無名のゲストボーカリストがコーラスを担当

――3曲目は竹内まりやさんの「元気を出して」。この曲を選んだ理由は?

川崎「僕はあまり大人を信用できない気難しいタイプの人間なんですが、そんな僕を『一緒に音楽をやろう』と説得し続けて受け入れてくれたのが今の事務所のボスなんです。そのボスのおかげで今こうやって歌えているので、感謝を込めてボスが大好きな曲を歌おうと決めました」

――武部さんは、過去にキーボード奏者としてまりやさんと一緒にライブを回ったことがあるとお聞きしました。そんなまりやさんの誰もが知っている曲をどのようにアレンジしていったのでしょう?

武部「まさに普遍的な楽曲ですし、誰もが知っている曲ですから、どういうふうにアレンジをしようかと考えたとき、オリジナルのアコースティックギターじゃない匂いを出したいと思って、割と思いついたままピアノを弾くイントロで始めてみたんです。もう1つのポイントはオルガンです。『悲しみの果て』もそうでしたが、僕自身オルガンは割と好きで、川崎くんの持ち味や原曲の大切な要素を損なわないように違った色を出せる、そんな楽器なんです」

――この曲では無名のゲストボーカリストを招いてコーラスを担当してもらったとお聞きしました。

武部「女の子のコーラスを入れたいねって話をしていたんですが、アルバムタイトルの『白』に合わせて真っ白でピュアなボーカリストが良いねって」

川崎「そうなんです。僕自身、みなさんにSNSで見つけてもらった人間ですから、今度は僕がSNSを通してまだ誰も知らないボーカリストの背中を押せたらいいなって思って僕の曲をカバーしてくださっている高校生の女の子に突然オファーしてみたんです」

――実際に現場でお会いしていかがでしたか?

川崎「想像以上でした。もし栃木の田舎の高校生だった僕がいきなりそんなふうに呼ばれたらきっとメンタルも歌もボロボロになったはずです。でも彼女はすごく芯のあるボーカリストでいざレコーディングが始まったら、堂々とマイクの前に立って実力を発揮してくれました」

――武部さんはこれまで数々の無名時代のアーティストのレコーディングに参加されています。こういった場面で感じるものはありましたか?

武部「偶然彼女が選ばれたように見えるんだけれど、僕はすべてが必然だと思っているんです。たぶん彼女も強運を持っている人なんだと思います。それを縁と呼ぶのかもしれないけれど、あとはそれをどう形にして結びつけていくかが彼女の本当の勝負だと思います」

――HYさんの「366日」は川崎さん個人にとっても思い出の曲だとお聞きしました。

武部「これは川崎くんがアマチュア時代に歌っていたんだよね?」

川崎「はい。高校生の頃、学園祭でこの曲を歌って東京に行こうと決意をした曲です。個人的にも思い入れのある曲ですし親友のマネジャーとの思い出の曲でもあります。これは武部さんと選曲しながら『普通にカバーしたら面白くないよね』って話している武部さんの少年のような目が印象的でした」

武部「個人的には今回収録した5曲の中で一番なじみの薄い曲でフレッシュな感じを出したいと思って川崎くんがボーカリストの『川崎鷹也バンド』をコンセプトにしたんです。ミュージシャンも川崎くんの世代に近い若手を起用してレコーディングしました」

――見事にHYとは違ったバンドサウンドになりました。一方で原曲の持っている芯みたいなものは一切崩していないようにも感じました。

武部「それこそがカバーをやる上で一番大事なところなんです。やたらといじって違うものにすれば良いのかっていうとそうではない。包装紙を変える分にはいくらでもできるけれど、楽曲の根底に流れている作り手の思いは決して崩してはいけないんです」

川崎「僕も原曲へのリスペクトを大切にしながら、作者はどういう思いで作ったのを想像したり、誰に向けて歌っているのかを考えたり、また原曲のファンのみなさんの思い出を汚さないように歌わなくてはいけないですし、カバーを歌う際はそういったバランス感覚がとても重要だなって学びました」

武部聡志氏 【写真:山口比佐夫】
武部聡志氏 【写真:山口比佐夫】

川崎鷹也「玉置さんは、昔からずっと追い続けている憧れの人」

――これまでは誰かのために歌うという選曲でしたが、最後の曲、玉置浩二さんの「メロディー」は、川崎さんご自身に向けて、歌った曲ということでしょうか?

川崎「玉置さんは、昔からずっと追い続けている憧れの人です。いつまでたってもその距離は縮まらないんですけど、僕はそれで良いと思っているんです。それぐらい好きなので僕にとってはいつか歌える日がくるまで誰かに聴いてもらおうと思わなかったですし、1人でカラオケで歌えたらそれでいいやって思っていたんです」

武部「その話を聞いて『いつかいいタイミングだなんて、今やらなくてどうすんの?』って(笑)。大切な曲だからこそ一番初めにやるべきだって伝えたんです。この歌はきっと川崎くんがこれから一生歌っていく曲だと思っていて、5年後は5年後の川崎鷹也の歌が聴けるし、10年後になったら今とは違う川崎鷹也の歌が『メロディー』を通して聴けるんです。だから今の『メロディー』を僕は残しておきたい、そう思って背中を押したんです」

川崎「僕は玉置さんの曲を歌うことから逃げていたんです。武部さんがおっしゃるようにベストなタイミングなんて、いつなのかも分からないですし。こじらせているので、玉置さんのライブにさえいけないんです。“玉置浩二”というアーティストは、僕にとってそれぐらい、特別というか不思議な存在なんです」

武部「玉置とはよく一緒にやっていたから彼の凄さも知っているけどまさに王道ですよ。だから王道のポップスを受け継いでいる川崎くんに向き合って欲しかったんです。レコーディングは僕のピアノと歌だけの2人で向き合って録りましたね」

川崎「このアレンジをいただいて震えました。この曲は本当に武部さんを見ながら一発録りで歌ったので、歌いながらこみ上げるものもあり、鳥肌が立ちました」

――昨日の自分を乗り越えた感じは?

川崎「ありましたね。ついに玉置さんの歌を歌ってしまったという」

武部「だけど、ボーカリストとしてまだまだこれからハードルが次々と待ち構えていますよ。それを乗り越えながら、きっともっといい歌を歌えるようになっていくんでしょうね」

川崎「今回、武部さんと一緒に音楽ができたことは本当に幸せなことで、この経験は今後の自分の音楽制作においてもプラスになると思います。そしてこのカバー作品はシリーズ化していきたいと思ってます」

武部「このカバーをすることによってその都度学びや気づきがあるだろうし、それがまた川崎くんの作品にフィードバックするでしょうしね。だから僕が生きている間にもう2枚ぐらいは一緒に作りたいですね(笑)」

――そんな川崎さんと武部さんの名コンビが10月にBillboard LIVEで企画ライブツアーを行います。

武部「どうしようかな。川崎くんのファンに帰れって言われたりしない?」

川崎「アハハ。絶対ないです(笑)」

武部「ミュージシャンというのは不思議なものでお客さんが目の前にいると、もっといい歌を歌いたいっていう欲望が出てくるんですよ」

川崎「今からすごく楽しみで仕方ないです」

□川崎鷹也(かわさき・たかや)1995年、栃木県生まれのシンガー・ソングライター。2020年8月、TikTokで「魔法の絨毯」が人気となり同曲を使った動画が2万7000本以上アップされ、トータルの再生回数は約3億回再生中。総ストリーミング回数も現在1億回を超え、日本レコード協会から「プラチナ認定」を授与。21年12月メジャーオリジナルアルバム「カレンダー」をリリース。22年9月14日カバーEP「白」をリリース。

□武部聡志(たけべ・さとし)作・編曲家、音楽プロデューサー。国立音楽大学在学時より、キーボーディスト、アレンジャーとして数多くのアーティストを手掛ける。1983年より松任谷由実コンサートツアーの音楽監督を担当。一青窈、今井美樹、ゆず、平井堅、JUJU等のプロデュース、CX系ドラマ「BEACH BOYS」「西遊記」etcの音楽担当、CX系「MUSIC FAIR」「FNS歌謡祭」の音楽監督、スタジオジブリ作品「コクリコ坂から」の音楽担当等、多岐にわたり活躍している。ラジオ「武部聡志の SESSIONS」(JFN)放送中。

川崎鷹也
○公式HP
https://kawasaki-takaya.com/

○YouTube
https://www.youtube.com/channel/UCZwXiIKBc9ok5QsOqXk5kiw

武部聡志
「武部聡志の SESSIONS」HP
https://audee.jp/program/show/27084

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