ガキ使は「青春そのもの」 番組支えて23年…ナレーター・山田真一氏の変わらぬ情熱
1989年10月より日本テレビ系列で放送がスタートした「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」(通称「ガキ使」)。30年以上続けてきた歴史はもちろん、大みそか恒例の「笑ってはいけないシリーズ」の知名度もあり、いまや国民的なバラエティー番組の1つとなっている。
「あっという間に23年」と振り返った山田真一氏
1989年10月より日本テレビ系列で放送がスタートした「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」(通称「ガキ使」)。30年以上続けてきた歴史はもちろん、大みそか恒例の「笑ってはいけないシリーズ」の知名度もあり、いまや国民的なバラエティー番組の1つとなっている。(取材・文=東田俊介)
これまで、番組から数々の人気シリーズが誕生してきた。「さようなら山崎邦正」「ココリコ田中の破天荒シリーズ」「サイレント図書館」など、枚挙にいとまがないが、そうした人気を下支えしているのが“ナレーション”の存在。そして、その代表的なナレーターが、声優・山田真一氏だ。
冒頭での企画説明はもちろん、「絶対に笑ってはいけない警察24時」での「ショウヘイヘーイ!」など、番組を見てきた人であれば、一発で「あの声の人か!」とピンとくるはず。山田氏に、これまでの経歴や番組に携わることになったきっかけ、そしてダウンタウンへの並々ならぬ思いを語ってもらった。
ダウンタウンは“神様”のような存在
僕は1992年から青二プロに所属しているんですが、はっきりいって、3~4年は全然仕事をしていなくて。転機になったのは96年のアトランタオリンピックで、日本テレビでの放送期間中のナレーションを全て任されたんですよ。そこでゴールデンタイムに「山田真一」という名前が出て、TBSのお昼の番組でナレーションをするなど、徐々に声をかけてもらう機会が増えてきました。
「ガキ使」に参加することになったのは、僕が番組を毎週録画しているぐらい好きで、マネジャーにこちらからお願いしたことがきっかけです。当時、番組のナレーターは、同じ青二プロに所属している真地勇志さんたちが担当してきたので、「ぜひ機会があればやらせてください!」と。なにせ、自分は兵庫県出身なので、ダウンタウンはずっと“神様”みたいなものですから。その神様の番組に関われるなんて最高じゃないですか。おそらくですが、後にも先にも自分からお願いしたのはこの時ぐらいかも。
最初にナレーションを入れたのは、今でも鮮明に覚えているんですが、98年10月にオンエアされたゴルフ対決でしたね。その時は、今みたいにハイテンションな感じでもなく、いたって普通だったと思います(笑)。