教員免許なし・現場経験ゼロの元YouTuber、24歳で副校長に抜てき 改革と挫折…今も教育に全力
教員の長時間労働や不登校生徒の増加など、学校現場は多くの課題を抱えている。「副校長は24歳元YouTuber」(時事通信社)を上梓した桐原琢(きりはら・たくま)さんは、24歳という若さで私立高校の副校長として、学校改革に取り組んできた異色のキャリアの持ち主だ。新卒1年目で副校長となった経緯や、教育にかける情熱について聞いた。

人気YouTuberとしての実績を買われ、大学4年生で学校改革に参加
教員の長時間労働や不登校生徒の増加など、学校現場は多くの課題を抱えている。「副校長は24歳元YouTuber」(時事通信社)を上梓した桐原琢(きりはら・たくま)さんは、24歳という若さで私立高校の副校長として、学校改革に取り組んできた異色のキャリアの持ち主だ。新卒1年目で副校長となった経緯や、教育にかける情熱について聞いた。(取材・文=真貝友香)
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茨城県に生まれた桐原さんは両親、母方の祖父母、叔母とともに暮らし、大勢の大人に囲まれて育った。叔母には身体障がいと知的障がいがあり、誰かが困っているときには手を差し伸べながらも、できることは相手に任せる接し方を自然と身に付けた。「きっとそれが生徒との接し方にも影響しているような気がします」と原体験として振り返る。
教育の道を志したのは、忘れがたい恩師との出会いがあったから……というわけではない。「学校がすごく楽しかったという記憶は実はあまりなくて」と笑う。きっかけは東大を目指して二浪していた時だ。家計に余裕があったわけではないが、両親は予備校代を払ってくれた。一方、周囲には、経済的な理由から大学進学を諦めた友人もいる。
「自分はたまたま恵まれた立場にいるだけなのだとしたら、経済状況や家庭の事情などで、やりたいことに挑戦できない人がいるのは不公平なのではないかと思いました」と、桐原さんは率直に語る。近年、耳にすることが増えた「教育格差」を解消したいという思いが桐原さんを動かした。東大合格はかなわなかったものの、中央大法学部に合格。教育に関心のある学生との人脈を広げ、同じ志を持つ仲間とともに、2019年にYouTubeチャンネル「PASSLABO」を通して発信を開始する。
思考錯誤の末、「【激励】東大合格までの“受験のリアル”をお話しします」という動画が大ヒット。コロナ禍のステイホーム期間に後押しされるように「PASSLABO」の認知度が高まり、学生ながら、受験に関する講演や授業のオファーが学校現場から徐々に舞い込むように。学校訪問を重ねるうちに「学校現場を知らないことには教育全体を変えることはできない」という思いが強くなっていく。将来を模索していた時、YouTuberとしての実績と教育に向ける熱意を買われ、学校内予備校・学校改革のコンサルティング企業「株式会社RGBサリヴァン」の社長である土岐靖氏から誘いを受ける。学校法人松本学園広島桜が丘高等学校の学校改革に参加しないかというオファーだった。
教員免許も社会人経験もない桐原さんにはあまりにも大きなプロジェクトだったが、ためらうことなく「やります」と回答する。
大学4年生となった2022年4月、桐原さんが教育アドバイザーとして、改革案を計画的に進めるために取り入れたのは、大谷翔平選手が活用したことで知られる「マンダラチャート」だ。新校訓の「自考自創」をチャートの中心に置いた改革案を組み立て、定期テストの廃止やふりかえりシートによる新たな評価方法、生徒会活動の後押しなどを実行に移した。
マンダラチャートを作成した時点で、桐原さんは学校改革の成功を確信していたが「当時の自分は無知でした」と省みてもいる。
「学校改革の依頼が現場で経験を積んでからのことだったら、ここまで大きなことはできなかったでしょうね。無謀だったかもしれないけれど、それでもやってみようと飛び込めた当時の自分は正しかったと思っています」
学校がどのように変わっていくかをより近くで見たいと意欲を募らせていた矢先に、桐原さんは、次年度は副校長になってほしいと打診を受ける。またとないチャンスとして副校長へのジャンプアップを快諾した。翌23年には24歳の最年少・新卒副校長という肩書に地元のテレビ局や新聞社からの取材も殺到するようになった。
改革1年目となる2023年度は定員230人のところ321人の新入生が入学。定期テストを廃止し、各教科の区切りが終わるたびに短い範囲での単元テストに切り替えたことで、学習内容の定着率は大幅にアップし、生徒たちの顔には自信が見られるようになった。子どもの成績が上がったと保護者から感謝の声も上がるようになった。
入学希望者は急増、それなのに学校改革の前線から突然外された挫折の日々
学校の評判も急激にアップし、2024年度入学の新入生徒は定員300人のところ450人弱もの募集が集まった。驚異的な成果を上げたが、何もかもうまくいっていると思っていた矢先に、足をすくわれることとなる。
「文化祭やeスポーツ大会を盛り上げ、学校が楽しいと感じてくれる生徒が増え、満足度の高い1年を過ごしました。だけど自分がやっていたのは目に見える部分だけで、他の先生方が大変なことをフォローしてくれていることにその時は気付いていませんでした。メディアに露出して、街で声をかけられるようになって『この学校が変わっていっているのは全部自分のおかげだ』と勘違いをしてしまって。大成功だと思っていたeスポーツ大会も、僕の強引な進め方が先生方に好意的に受け止められていないと知ったのはその後でした。安全面への配慮がない、報連相が足りないなど指摘する声が上がっていたそうです」
いざ副校長として学校に携わるとなると、外部スタッフである教育アドバイザー時代よりもシビアな評価を受けるのは当然のことだ。学校改革によりアクセルをかけるつもりだったにもかかわらず桐原さんは「2024年度は副校長のまま、一部の授業と進路指導に専念してほしい」と言い渡されてしまう。eスポーツ大会をはじめとしたイベント運営や新カリキュラムの作成など1年目に携わっていた学校改革の役割に関わることができなくなってしまった。そして、その言葉も最初は納得がいかなかった。
「生徒数がここまで増えたのは、明らかに僕の功績じゃないか、それなのにどうして外されるのかという思いが正直ありました。新卒1年目で謙虚のけの字もなかったと今は反省していますが、自分の頑張りが評価されずここで腐ってしまうくらいなら、違う場所に行くべきか……と迷った時もありました」
自分のいないところで学校改革が進められるのを目の当たりにしながら粛々と日常業務をこなす、まさに挫折の日々。副校長を辞めたいと土岐氏に伝えると「辞めるべきではない」と説得された。
「これまで、土岐社長は常に僕の意志を尊重してくれましたが、その時初めて僕が間違っていると厳しく指摘されました。信頼している方々からも絶対やりきるべきだと言われて、踏みとどまろうと心を入れ替えました。自分にスポットライトが当たることなんかよりもまず、改革1年目の2023年度に入学してくれた321名の生徒を無事卒業させること第一なのだと。僕がいたらないところをどれだけ周りの先生方がサポートしてくれたのかもようやく見つめ直すことができました」
思い上がっていた自分の未熟さに、桐原さんは真摯(しんし)に向き合った。学校改革の前線を離れた1年間は決して短くはなかったが、2025年度には「総合的な探究の時間」のコーディネーターなど、新たな役割を任せられるようになった。改革1年目に入学した生徒の卒業も2026年3月に見届けることができ、国公立大学や有名私大の合格者数も堅調に増えている。
十分な実績を残して、現在は静岡・浜松市にある学校に関与している。生徒の変化をすぐ感じられることが日々のやりがいとなっているが、熱意のある教員が近くにいるかどうかの「教員ガチャ」のような状況が、生徒の成長を左右してしまうのも事実だともどかしさも抱えている。
それでも諦めずに学校改革に全力で挑む源泉について尋ねると「そこもやはり生徒の力です」と重ねる。「生徒たちの思いもよらない変化を見せてくれるし、何者にもなれると実感します。彼らより少し長く生きている分、そう簡単に超えられたら困るぞ、自分も努力し続けないといけないなと思えるのが学校現場の良さです」と語る口調は、穏やかで前向きなトーンに満ちていた。
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