クマ対応の最前線、秋田県知事ってどんな人? 国防のエリートから“無職のマスオさん”に…異色の経歴のワケ
今年も全国各地でクマの出没が相次いでいる。例年被害が急増するこれからの季節、昨年は特に被害の深刻な秋田県で自衛隊の派遣要請が話題を呼んだ。現場指揮を執ったのが、京都大卒のインテリで元自衛官という異色の経歴を持つ鈴木健太知事だ。なぜ生まれ育った関西から遠く離れた秋田の地で県政に携わることになったのか。現在50歳という若き県政のリーダーの素顔に迫った。【全2回の前編】

京大卒のインテリで、自衛隊幹部から“無職の居候”になったという異色の経歴の持ち主
今年も全国各地でクマの出没が相次いでいる。例年被害が急増するこれからの季節、昨年は特に被害の深刻な秋田県で自衛隊の派遣要請が話題を呼んだ。現場指揮を執ったのが、京都大卒のインテリで元自衛官という異色の経歴を持つ鈴木健太知事だ。なぜ生まれ育った関西から遠く離れた秋田の地で県政に携わることになったのか。現在50歳という若き県政のリーダーの素顔に迫った。【全2回の前編】(取材・文=佐藤佑輔)
元日向坂46メンバーのクルマ愛「最初の一台は国産車」…夢のカーライフを告白(JAF Mate Onlineへ)
兵庫・神戸市生まれの鈴木知事は、京大法学部を卒業後、24歳で陸上自衛隊に入隊。幹部としてキャリアを約束されながら、わずか6年で退官すると、今度は妻の実家の秋田で無職の時代を過ごした。そこからの政界進出も含めて、中々に波瀾万丈の半生と言える。
「子どもの頃の夢はいろいろと変遷するのが常ですが、高校生の頃から、国をまたぐような大きな仕事に関わってみたいという思いがありました。19歳のとき、阪神・淡路大震災で救助活動を行う自衛隊を間近で見て『かっこいいな』と思った記憶はありますが、大学時代はもっぱら外交官志望。まさか自分が自衛官になるとは思ってもいませんでした」
当時、外交官になるには、外務公務員採用Ⅰ種試験を通過するルートが一般的だったが「これがまあ難しかった」。大学を留年して試験勉強に明け暮れていたある日、自宅のポストに自衛隊の採用募集ハガキが投函されているのを目にした。
「『君もヘリコプターに乗ってみないか』と書いてあって、何だか面白そうだなと。よくよく考えれば、外交と防衛は表裏一体でもある。高卒からの一般入隊ではなく、最初から幹部候補生という条件もあって、現場の幹部から始めるのも面白そうだと」
幹部候補生学校時代には、同期生だった現在の妻と交際を開始。だが、入隊と同時にそれぞれ長崎と仙台の駐屯地に配属され、遠距離恋愛を余儀なくされた。
「これはちょっと、とてもじゃないけれど遠距離にも程があるなと。お互い幹部同士なので、2年に一度は全国転勤が待っている。この先同居はほぼ見込めないだろうと思い、入隊2年目に妻の方が退職する形で籍を入れたんです」
1年後には待望の第1子が誕生。だが、父親となったことで、自衛官としての生き方に迷いも生じるように。
「結構いいポジションにはいたんですよ。一生懸命やっていましたから。でも、任務と家庭の両立はなかなか難しい。これから子どもが大きくなって、小学校に入学したらずっと単身赴任なのかと思うと、気持ちが揺らいでしまって。思い返せば私自身も商売人の息子で、ずっと家にいない父親のようになるのは避けたかった。子どもができて、初めてそんな自分に気づいたんです」
時はイラク戦争の折。戦後初めて、PKO活動外での海外派遣が行われ、現地での復興支援や米軍との合同軍事演習にも参加した。米軍の隊員と意見交換した経験も、自身のキャリアを考え直す大きな契機になったという。
30歳のとき、第2子を授かったことも重なり、退官を決意。国防を担うエリート幹部から一転、無職となり、妻の実家がある秋田に移住した。
「神戸の実家は手狭だったので、妻の実家に“無職のマスオさん”として転がり込んだわけです(笑)。まずは手に職をつけないといけない。毎日図書館に通って勉強し、司法書士の資格を取りました。それなりに生活ができるようになって、子どもも増えて田舎で幸せに暮らしていたんですが、そんなときに東日本大震災が起こって……」
阪神・淡路大震災やイラク戦争といった惨状をその目で見てきたからこそ、時の政権の混乱ぶりは見過ごすことができなかった。
「それまでの経験から、日本の平和や豊かさというのは決して当たり前ではない、いつでも簡単に崩れ去るものだという危機感があった。このままでは本当に日本がやばいと思い始めたころ、秋田の人口減少が全国ワーストだと知って、『こんなにいいところなのに、なぜ』という思いがこみ上げてきた。これも何かの縁。一度自衛隊を辞めた身ですが、もう一度公のために働こう、地方政治から始めようと」
約9年間の県議時代を経て、昨年、秋田県知事に初当選を果たした。だが、就任1年目の門出を待っていたのは、仁義なきクマとの戦いだった――。後編では、前代未聞の自衛隊派遣要請の裏側と、今後のクマ襲来に備えた迎撃戦略の全貌に迫る。
あなたの“気になる”を教えてください