ココリコ、コンビ名の意外な由来を明かす 「豊中で拾った手帳」がきっかけ「落とし主のメモに」

お笑いコンビ・ココリコの遠藤章造、田中直樹が19日、都内で開催された「とよなかアンバサダー就任式」に、豊中市市長の長内繁樹(おさない・しげき)氏とともに出席した。元の魅力やコンビ名の由来、結成当時のエピソードを語った。

アンバサダー就任式に出席したココリコの遠藤章造(左)と田中直樹【写真:ENCOUNT編集部】
アンバサダー就任式に出席したココリコの遠藤章造(左)と田中直樹【写真:ENCOUNT編集部】

就任式では任命状授与、アンバサダー襷、名刺パネル、マネカネくんぬいぐるみが贈呈

 お笑いコンビ・ココリコの遠藤章造、田中直樹が19日、都内で開催された「とよなかアンバサダー就任式」に、豊中市市長の長内繁樹(おさない・しげき)氏とともに出席した。元の魅力やコンビ名の由来、結成当時のエピソードを語った。

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 豊中市は市制90周年(2026年10月15日)に向け、新たに「とよなかアンバサダー」制度を創設。その記念すべき初めて(第1弾)として、チアリーディング部の学校が任命されたほか、豊中市出身のココリコが市の魅力を全国に発信、豊中ブランドの強化につなげるため就任した。

 就任式では、任命状のほか、アンバサダーの襷(たすき)、名刺パネル、市公式キャラクター「マチカネくん」のぬいぐるみが贈呈された。

 遠藤は、地元ならではの「あるある」を披露。「豊中で一番感じているのは、中学校が非常に多いこと。1中から18中まであり、卒業生が全国、全世界で活躍されている。僕も仕事柄、全国で声をかけていただくことがありますが、『僕も豊中なんです』と言われたら、必ず『何中?』と聞くのが決まり」と、豊中あるあるを紹介し、笑いを誘った。

 続けて「90年の歴史ありますけども、これからの豊中をですね、より一層我々の力で発信して、本当にいい町なんだぞということを発信していきたい」と意気込みを語った。

 田中は、20歳まで過ごした地元への思いを吐露。「今55歳ですが、今の自分を形作ってくれているのは豊中で過ごして見てきたもの、触れたもの、食べたもの、経験したことで自分が作られている。何より、相方の遠藤さんと出会い、今コンビを組んでいるのも豊中のおかげ」と、深い愛着を口にした。

 さらに、コンビ名の由来についても言及。田中は「豊中で拾った手帳に書かれていた、落とし主の内容『喫茶ココリコで待ち合わせ』という言葉がすごく気になって。今、ココリコというコンビ名に使わせてもらってます。拾ったのも豊中ということで、豊中市がなければ今の私たちはなかったと思ってます。なので、豊中が自分を作る全てだし、これからもしっかり関わっていけたらと思っています」と、驚きの結成秘話を明かした。

 最も印象深い思い出として、2人は34年前の結成当時を回想。遠藤は「服部と庄内の間くらいにある天竺川の土手で、僕から田中さんに『コンビ組んで東京行けへん?』と誘ったんです。そこにもう一度行ってみたい」と懐かしそうに語った。

 これに対し田中は「実家から歩いて5、6分の土手でした。その時、ちょうど飛行機が近くを通って、何を言っているのか全然聞こえなくて(笑)。それがすごい僕は印象深い。飛行機が通り過ぎた後に、もう1回聞き直して。35年前のことなんですけど、鮮明に覚えてます」と、伊丹空港に近い豊中ならではのエピソードで会場を沸かせた。

「とよなかアンバサダー」に選ばれた経緯は、お笑いコンビとしての活動に加え、テレビや俳優、YouTubeなど幅広い分野で長年にわたり活躍。全国的な知名度と発信力、2人ともが豊中出身、豊中市に深い愛着があることから選出された。

 1971年、ココリコの田中は豊中で出生。遠藤は寝屋川市生まれだが3歳で豊中市に移った。78年、豊中市立豊島小入学。2人が出会った。84年、豊中市立第四中に進学。野球部に所属し、遠藤がショート、田中が捕手を務めた。87年、遠藤は香川県の藤井学園寒川高に野球入学。田中は大阪府立桜塚高に入学した。

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