「1年に1拍ずつスローに」s**t kingzが語る20周年の先、おじいちゃんになっても踊る未来

「コロナ禍による『世界の強制停止』がなければ、今はなかった、あるいは解散していたかもしれない」。4人組ダンスパフォーマンスグループ・s**t kingzのkazukiは、そう振り返った。2020年、予定されていたスケジュールは白紙になり、4人は強制的に立ち止まった。その時間が、日本武道館単独ライブ、初の主催フェス、そして結成20周年へ向かう現在地につながっている。4人に、コロナ禍からの6年と、来年迎える20周年の先に見据える未来を聞いた。

インタビューに応じたs**t kingz【写真:増田美咲】
インタビューに応じたs**t kingz【写真:増田美咲】

来年迎える20周年、その先への思い

「コロナ禍による『世界の強制停止』がなければ、今はなかった、あるいは解散していたかもしれない」。4人組ダンスパフォーマンスグループ・s**t kingzのkazukiは、そう振り返った。2020年、予定されていたスケジュールは白紙になり、4人は強制的に立ち止まった。その時間が、日本武道館単独ライブ、初の主催フェス、そして結成20周年へ向かう現在地につながっている。4人に、コロナ禍からの6年と、来年迎える20周年の先に見据える未来を聞いた。(取材・文=平辻哲也)


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 5年前、彼らはコロナ禍の中でも前を向いていた。あの時間は、今の活動にどう息づいているのか。

 kazukiは「不謹慎な言い方になってしまうかもしれませんが」と前置きした上で、率直に言った。

「コロナ禍による『世界の強制停止』がなければ、今のs**t kingzはなかった、あるいは解散していたかもしれないと本気で思っています。あの時期、目の前のスケジュールがすべて白紙になったことで、初めて『これからどうやって生きていくか』をメンバー全員で死ぬ気で話し合いました」

 忙しさの中では、立ち止まれない。あの強制停止があったからこそ、4人は自分たちの足元を見つめ直した。

「日々忙しく稼働しているだけでは絶対に生まれなかった『自分たち発信でゼロからものを作る』というエネルギーが、あの瞬間に爆発したんです。初の全曲オリジナル『見るバム』を作ったのも、僕個人のYouTubeを始めたのも、すべてあの立ち止まりがあったからこそです」

 Oguriも同じ思いだ。

「コロナが来る前までの僕たちは、ありがたいことに忙しすぎて、一歩引いて全体を俯瞰する余裕が全くありませんでした。一度強制的に立ち止まったことで、それまで見えていなかった自分たちの強みや課題がクリアになりました。あそこが僕たちにとっての明確な『再スタート』であり、結成15周年、そして来たる20周年に向けた大きなエネルギーの源泉になりましたね」

 NOPPOには、別の葛藤もあった。コロナ直前、s**t kingzはアミューズと共同で会社を立ち上げた。ダンサーでありながら、芸能界的な動きをしていくことへの戸惑いがあったという。

「当時は『ダンサーでありながら芸能界的な動きをすること』への内面的な葛藤が少なからずありました。しかしコロナ禍で、自分たちの本質はやはり『歌わない、ダンスだけで表現するs**t kingz独自の音楽発信』にあると再確認できました。自分たちのオリジナル曲を持ち、そこにダンスを乗せて届ける。その一歩を踏み出せたことが、s**t kingzとしての新しい道を拓いてくれたと感じています」

 shojiは、コロナ禍に毎日のようにオンラインミーティングを重ねた日々を思い出す。その時、スタッフから言われた言葉が忘れられない。

「s**t kingzは『ONE PIECE』のルフィのようだ、と言われたんです。『海賊王になると言って突き進んでいるけれど、実はどこを進んでいくか分からないし、そもそも海賊王が何なのかも分かっていない。でも、必死に進んでいる姿を見て、気づけば後ろに大きな船団ができていて、みんながサポートしたいとついてきている』と。その言葉が本当にうれしくて」

 ダンスグループには、歌手にとっての東京ドームやアリーナツアーのような明確な成功のロールモデルがない。だから苦しい。だが、正解がないからこそ、どこへでも行ける。

「正解がないからこそ、手探りで道を切り拓かなければいけない苦しさはありますが、その分『何にチャレンジしてもいい』という無限の面白さがあります。コロナの時に『FLYING FIRST PENGUIN』というファーストペンギンの挑戦から始めた歩みが、確実に今の武道館ライブや主催フェスへとつながっていると確信しています」

4人が見据える未来「おじいちゃんになっても…」

 次に見据えるのが、結成20周年だ。ただ、shojiの視線は20周年のさらに先に向いている。

「20周年は、これまでのs**t kingzの歴史の集大成となる、皆さんに感謝を伝えるお祭りにしたいと考えています。ただ、僕たちが何よりも大切にしているのは『20周年そのもの』ではなく、その翌年の『21年目以降』です」

 華やかに祝って終わりではない。20周年を終えた後、4人は何を見せるのか。同じことの延長線上ではなく、次のワクワクをどう社会に提示するのか。メンバーとスタッフは、すでにその未来図を語り合っている。

 その20周年を前に、Oguriはこの夏から1年間、ロンドンへ留学する。現地の学校に通い、芝居や演出、作品作りの歴史を学ぶ予定だ。

「僕はこれまでずっと東京で育ち、活動してきたので、40歳を前にしたこのタイミングで、全く新しい環境に1人で身を置いて、自分自身の表現者としての限界に本気で挑戦してみたいと思いました。この留学で新しい強い力を得て、s**t kingzに今までにない新しいスパイスを持ち帰りたいと思っています」(Oguri)

 昨年春、下見を兼ねて20日ほどロンドンに滞在した。帰国後、メンバーに「本気で留学に行きたい」と相談した。反応は早かった。

「全員が本当に二つ返事で『頑張ってこい!』と背中を押してくれました。スタッフも含めて全面的に応援して送り出してくれるこのチームには、本当に感謝しかありません」

 お互いの人生の決断を尊重する。長く続くグループでも、それは簡単なことではない。今でもけんかはしないのかと聞くと、NOPPO、kazuki、Oguriは声をそろえるように笑った。

「本当にしないですね。けんかをするエネルギーすら、お互いもう良い感じに削ぎ落とされて『省エネモード』になっています」

 では、s**t kingzは4人の人生において、どれほどの割合を占めているのか。shojiは、仕事量の比率では説明できないと言う。

「稼働の割合で言えば、時期によってシッキンが6、個人が4くらいになることもありますが、僕たちにとってs**t kingzがあることは、もはや『朝昼晩に3食ご飯を食べて、夜は寝る』のと同じくらい、当たり前の生活の一部になっています」

 だから無理なく、自然体で続けられている。グループの解散や活動休止が珍しくない時代に、この4人を見ていると、おじいちゃんになっても一緒に踊っている姿が浮かぶ。

 shojiは「もしメンバーの誰かが『もう体が動かない、踊れない』となれば話は別ですが、そうならない限りは、この4人でずっと活動を続けていくのだと思います」と言った。

 年齢を重ねることは、ダンサーにとって避けられないテーマでもある。shojiは、日本舞踊の世界にある「60歳を過ぎてからが本当の本番だ」という考え方を例に出した。

「ストリートダンスと日本舞踊をそのまま同一視はできませんが、その考え方は僕たちにとっても非常に魅力的で、面白いなと感じています」

 年齢とともにテンポをスローにしていけば、一生踊り続けられるのではないか。そう振ると、kazukiがすぐに反応した。

「『1年に1拍ずつ』スローになっていくダンスですね。それ、めちゃくちゃ面白いですね」

 shojiも笑った。

「最高ですね。4人でおじいちゃんになって超スローファンクを踊りましょう」

 コロナ禍で立ち止まり、武道館に立ち、フェスを作り、20周年の先を見ている。ロンドンへ行くメンバーがいて、それを笑って送り出すメンバーがいる。s**t kingzは、まだ完成していない。だから強い。4人のダンスは、これからも形を変えながら続いていく。

□s**t kingz(シットキングス)shoji、kazuki、NOPPO、Oguriの4人によるダンスパフォーマンスグループ。2007年10月結成。アメリカのダンスコンテスト「BODY ROCK」で10、11年と日本人初の2連覇を達成。三浦大知をはじめ数多くのアーティストの振り付けやライブ演出を手がけ、ストリートダンス界をけん引。作・演出・振り付け・出演をすべて自身で行う「単独公演」を確立し、23年には初の単独日本武道館ライブを成功に収めた。24年7月には、1万人を動員した初の主催フェス「s**t kingz Fes 2024 ももたろう」を神奈川・横浜BUNTAIで開催し、今年7月25日・26日には「s**t kingz Fes 2026 会社」を神奈川・ぴあアリーナMMにて開催。

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