西村まさ彦、改名の裏にあった親への思い 「雅彦」から「まさ彦」へ踏み切れなかった理由
俳優・西村まさ彦は、ひょうひょうとしているようで、言葉の奥に熱がある。映画『チルド』(7月17日公開)では、人間性を喪失したコンビニオーナーを演じた。スクリーンの中では不気味なまでに冷酷だが、取材の場で見せた素顔は、どこか照れ屋で、面倒くさがりで、それでいて家族への思いをまっすぐ抱えた人だった。2017年に「西村雅彦」から「西村まさ彦」へ改名した理由、故郷・富山で続ける演劇活動、そして今年1月に92歳で亡くなった母への思いを聞いた。

紙たばこをふかす理由「煙を見ているのが癒やし」
俳優・西村まさ彦は、ひょうひょうとしているようで、言葉の奥に熱がある。映画『チルド』(7月17日公開)では、人間性を喪失したコンビニオーナーを演じた。スクリーンの中では不気味なまでに冷酷だが、取材の場で見せた素顔は、どこか照れ屋で、面倒くさがりで、それでいて家族への思いをまっすぐ抱えた人だった。2017年に「西村雅彦」から「西村まさ彦」へ改名した理由、故郷・富山で続ける演劇活動、そして今年1月に92歳で亡くなった母への思いを聞いた。(取材・文=平辻哲也)
現場での“ぽけーっとした時間”の話になると、西村は少し言いにくそうに、たばこの話を始めた。
「あんまりたばこを吸っている人が世の中多くなくなっちゃったから、言うのもはばかられるんだけど」
今も紙たばこ。銘柄はキューバの革命家チェ・ゲバラの肖像画が入った「チェ」(ルクセンブルク製)だ。ただし、本人いわく「吸っている」とも少し違う。
「ふかしているだけで十分なんですよ。肺に入れたくはないです。禁煙すりゃいいって話なんだけど、また違うんですよ。煙を見ているのが、自分の中で癒やしになっているかもしれない」
体は動かす。ジムにも行くし、自宅でもトレーニングをする。だが、それは健康志向というより、もっと切実な感覚に近い。
「たばこをふかしているぐらいだから不健康なんだけど、年を重ねてきて、いつか体はだめになってくると思うけど、自分の足で立っていたいんだよね。それだけなの。自分の意志で倒れて、また立ち上がっていきたいだけなんです」
きれいごとだけではない。西村は「悪いものも取り込んでいかないと」とも言う。東京の空気、排気ガス、目に見えない物質。人はどのみち、何かを取り込みながら生きている。ならば、完全な健康だけを目指すのではなく、バランスを取ることが大事なのではないか。そんな独特の死生観が、ぽつりぽつりとこぼれる。
2017年、西村は芸名を「雅彦」から「まさ彦」へ改めた。漢字をひらがなにしただけにも見える。だが本人にとっては、確かに変化があった。
「変わりましたね。落語家だったり、歌舞伎役者だったり、その世界の人たちは頻繁に名前を変えていくじゃないですか。名前を変えると、気分が変わるんだよね。漢字をひらがなにしただけなんだけど、それでも心地の良さというか、立っている場所が一つ増えた感じになるわけ」
もっと早く変えればよかったとも思う。ただ、踏み切れなかった理由があった。
「ちょっと前から考えていたんです。ただ、親に申し訳なくて思い切りが持てなかった。自分の中で。それがあって変えられなかったんです」
名前には人格が宿るのかもしれない。岡本太郎さんの「俺には名前はない」という言葉にも影響を受けたという。名前で自分を限定されることへの違和感。複数の名前を持つことで、軽くスイッチを入れ替えられる感覚。改名は、心機一転というより、自分の居場所をもう一つ増やす行為だったのかもしれない。

故郷・富山での演劇活動を継続する理由
故郷・富山での演劇活動も、西村にとって大切な場所だ。地元では私塾W.V.A.や演劇集団「富山舞台」を主宰し、市民参加型の演劇ワークショップなどにも力を注いでいる。
きっかけは、誰かのためという大義ではなかった。イベントが続けられなくなり、それでも「来年もやりますよ」と言った手前、引くに引けなくなった。演劇を継続しなければ、自分が立っていられない気がした。そして、もう一つ大きな理由があった。
「富山で何かやろうと思ったのは、母がいたからなんです。もう亡くなりましたけど。母に会いに実家に帰る口実を作るために、何かないと親元に帰らないんですよ。それが申し訳ない。理由を作ると、行かずにいられない自分になるかなと思っただけなんです」
年老いていく親を前に、西村は見て見ぬふりはできないと思ったという。
「親は苦労して子どもを育てているわけだから。年老いていくと、体も弱くなっていく。仲間も減っていくし、周りの人たちも減っていく中で、唯一の支えとなるのは子どもしかいないじゃないかと思うと、そこは見て見ぬふりはできないと思っただけなんです」
その母は今年1月に亡くなった。92歳だった。「長く生きてくれたなと思うんですけどね」。
富山で演劇を続ける中で、教えることが自分の学びにもなった。若い人たちが少しずつ成長していく姿を見ることがうれしい。伝えることで、自分の言葉の伝え方も変わってきた。
「家族とか親子っていう関係が、社会のベースの根底にあると思うんです。そこをちゃんと関われるというか、そういうことを忘れないでいたいですね」
煙をながめる。体を動かす。名前を変える。母に会うために故郷へ帰る口実を作る。西村まさ彦の話は、どこか不器用で、時に照れ隠しのように横へそれる。それでも最後には、ちゃんと大事な場所へ戻ってくる。親子、家族、自分の足で立つこと。その言葉には、積み重ねてきた時間がにじんでいた。
□西村まさ彦(にしむら・まさひこ)富山県出身。映画、テレビドラマ、舞台で幅広く活躍し、数々の作品で存在感を発揮してきた実力派俳優。代表作にドラマ『古畑任三郎』(フジテレビ系)『真田丸』『べらぼう』(ともにNHK)、映画『ラヂオの時間』『マルタイの女』『お終活』、舞台『笑いの大学』『大悲』など。地元・富山では私塾W.V.A.や演劇集団「富山舞台」を主宰し、市民参加型の演劇ワークショップや中学生とのラジオドラマ制作など、地域に根差した演劇活動にも力を注いでいる。
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