EXILE AKIRAが中国で受けた衝撃「打ちのめされた」 異国の地で得た教訓、新たな挑戦

20年前、EXILEの第2章始動とともにグループに加入したEXILE AKIRAは、海外でも戦って表現力を磨いてきた。異国で自分を壊すほどの衝撃も経験しながら、今年は初めてのソロ曲制作にも踏み出した。現在のAKIRAが、今なお殻を破っていける原動力を明かした。

インタビューに応じたEXILE AKIRA【写真:Jumpei Yamada】
インタビューに応じたEXILE AKIRA【写真:Jumpei Yamada】

中国での大型歌唱リアリティー番組で味わった衝撃

 20年前、EXILEの第2章始動とともにグループに加入したEXILE AKIRAは、海外でも戦って表現力を磨いてきた。異国で自分を壊すほどの衝撃も経験しながら、今年は初めてのソロ曲制作にも踏み出した。現在のAKIRAが、今なお殻を破っていける原動力を明かした。(取材・文=大宮高史)

――EXILEとしてデビュー20年目に、デジタルEP『URBAN SAVAGE』でソロデビューとなりました。節目の年に、新たな活動へと踏み出せたことへの思いはありますか。

「ソロで歌うことに対して、『満を持して』のような気負った感覚はあまりないんです。映画やドラマの俳優が舞台で歌ったり、生の声を聞かせたりするのと同様の『自然なアプローチ』だと捉えています。パフォーマーとして踊っている時も、『踊れなくなったら、何ができるんだろう』とふと思ったんです。そして、興味も自信もなかった俳優の道をやってみたら、芝居の奥深さも実感しました。そうして表現の引き出しを広げてきた地続きに、マイクを持つ選択肢があったのかなと思います」

――ソロデビューは、一昨年の中国での大型歌唱リアリティー番組『Call Me By Fire 4』での経験もきっかけだったそうですね。

「今回一緒に曲を作ったMIYAVIと参加しましたが、自分を壊す体験ばかりでした。中国のライバルは13億人の中から勝ち上がってきたので、オールラウンダーの精鋭ばかりでした。歌もコメディーも一流だし、MCもダンスもすごい。打ちのめされました」

――『Call Me By Fire』では、京劇や中国語でのラップにも挑んでいました。中国の参加者を見て、どのような覚悟ができたのでしょうか。

「それまでは『EXILEのAKIRAはこうあるべきだ』という強いこだわりがありました。『あるべき』イメージを守るのも大事ですが、中国のスターたちが何にでもコミットしていく姿を見て、それが自分をしばる檻になっていたかもと思えてきたんです。『らしさ』もぶっ壊していかないと、新しい魅力も出せないで飽きられてしまうし、本当の意味でのエンターテイナーではないと感じました。だから、この年齢でも新しい歌の道に進めました」

――それは、自分を壊すような体験ができたおかげでもありますか。

「そうですね。今までも海外で勝負する時は、自分のプライドを捨てることが一番重要だと思ってきました。日本人って、海外だとプライドに固執しがちではないかなと思います。でも、実績や価値観に固執しないで、勝負しに行ったその村の文化に柔軟にコミットしていかないと。ただ、異文化に染まりきらないで自分らしさは出します。プライドは捨てるけど、日本で培った何もかもは捨てない、このバランスを大切にしています」

エンタメ最前線に立ち続けたEXILE AKIRAが思うこととは【写真:Jumpei Yamada】
エンタメ最前線に立ち続けたEXILE AKIRAが思うこととは【写真:Jumpei Yamada】

「静岡の田舎者がなれる訳なんてない」不可能を可能にしてきた日々

 AKIRAの芸能への挑戦は、16歳でダンスに魅了された時から始まった。地元の静岡から上京し、クラブで踊る日々の中でチャンスをつかみ取ってEXILEのパフォーマーに。芸とビジネスの双方を通じてダンスカルチャーをリードしてきた。エンタメを変えるパイオニアになった自負が、今も彼を支えている。

「僕らの若い頃はSNSもYouTubeもありませんでした。それにダンスカルチャーも『アンダーグラウンドなもの』と思われていました。『新しいダンスを習いたい。あのダンサーに会いたい』と思っても、その人がどこに住んでいるのかすら分からなかったです。情熱だけで手探りで、自分の足で探し回るしかなかった。今の時代から見ればものすごく遠回りですが、そんな泥くさい経験ができた時代に生まれて良かったですね」

――上京してMAKIDAIさん、USA(※Uの正式表記は上にウムラウト記号)さんと出会い、ダンススクールのEXPGを立ち上げ、EXILEの第2章開幕とともに加入という経緯でした。

「EXILEには憧れていましたが、『静岡の田舎者がなれる訳なんてない』と思っていました。でも、『東京でかっこいいダンサーになりたい』と思って行動していたら、奇跡の連続で一員になれて。当時の自分には『お前のやり方は間違ってない』と教えてあげたいし、この過去があるから『まだ、これからでしょ』と思います。僕らの世代は社会の中で責任ある立場になって、年齢を言い訳に何かを諦めてしまっているかも。でも自分のこんな姿を見て、挑戦する元気も取り戻してくれたらなと思います」

――海外にも進出。20年に渡ってエンタメ最前線に立ち続けて、改めて思うことは。

「コロナも経験して、今の時代は『1か月後に何があるか分からない』という感覚がより強くなりました。明日にはどうなっているか分からないのがエンタメの世界です。だから、いつ何時『EXILEは終わりだ』という時が来ても後悔しないように、今日も歌って踊って全力でかまして、明日終わりが来ても『自分はやりきった』と言い切れる生きざまを貫いていきます」

□EXILE AKIRA(あきら)1981年8月23日、神奈川県生まれ。EXILEのHIROに憧れて16歳からダンスを始める。2002年、クラブで踊っていたところを見ていたMAKIDAIとUSAに声を掛けられ、LDH入り。翌03年10月、EXPG東京校の立ち上げから運営を任される。その後、インストラクターを経て、06年にEXILEに加入。俳優としても多くの作品に出演し、舞台『レッドクリフ~愛~』(11年)、フジテレビ系連続ドラマ『GTO』(12年)などで主演を務めた。23年11月、LDH TAIWANのCEOに就任。

○EXILE AKIRA 20th ANNIVERSARY SPECIAL LIVE TOUR “URBAN SAVAGE”
7月10日:Zepp Namba(OSAKA)
7月15日:Zepp DiverCity(TOKYO)
7月21日:Zepp Nagoya
8月8日、9日:CLAPPER STUDIO TAIPEI

○“EXILE 25th ANNIVERSARY BEST LIVE”~LDH PERFECT YEAR 2026~
11月14日、15日:埼玉・ベルーナドーム
12月5日、6日:大阪・京セラドーム大阪

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