偉大な父・唐十郎へのライバル意識…大鶴義丹があえて「演劇」を避けていた若き日

俳優、小説家、そして映画監督。かつてマルチな才能を発揮し、さまざまなジャンルで表現活動を行ってきた大鶴義丹だが、現在は「プレイヤー(俳優)」としての活動に専念している。その背景には、アングラ演劇の旗手であった亡き父・唐十郎さんへの複雑な思いと、自身の才能への冷静な自己分析があった。

インタビューに応じた大鶴義丹【写真:増田美咲】
インタビューに応じた大鶴義丹【写真:増田美咲】

“プレイヤー”として主演舞台『幸せのタネ』に励む現在

 俳優、小説家、そして映画監督。かつてマルチな才能を発揮し、さまざまなジャンルで表現活動を行ってきた大鶴義丹だが、現在は「プレイヤー(俳優)」としての活動に専念している。その背景には、アングラ演劇の旗手であった亡き父・唐十郎さんへの複雑な思いと、自身の才能への冷静な自己分析があった。(取材・文=平辻哲也)

 現在、脚本・西条みつとし氏による舞台『幸せのタネ』の稽古に励む大鶴。若い頃、身近にあった「演劇」というジャンルにあえて手を出さなかった理由について、本人は率直にこう明かす。

「単純に親父に対するライバル意識ですね。同じことをやりたくないって負けず嫌いでした」

 しかし、40代から舞台を主戦場とし、自らもアングラ演劇の系譜に身を投じたことで、偉大なる父への評価は大きく変わったという。そのすごみを肌で感じ取った大鶴は、当時の熱狂を自らの体験と重ね合わせる。

「自分も12年前から新宿梁山泊でやってきて世界が分かりましたが、親父の才能だけでなく、時代が後押ししたのもあり、いろんなタイミングがバシッと合ったんだなと分かりました。400人収容のテントに1500人とか信じられない数のお客さんが来た時代がありましたが、本当に時代に愛されたんだなと痛感します」

 父の背中を真っ向から受け止めた大鶴は、同時に自身が情熱を注いでいた「映画監督」としてのキャリアにも一つの区切りをつけている。大鶴は1995年の『となりのボブ・マーリィ』で監督デビューを果たし、その後も『私のなかの8ミリ』(2009年)、『前橋ヴィジュアル系』(11年)、『キリン POINT OF NO-RETURN!』(12年)など、コンスタントにメガホンを取ってきた。だが、次第に作り手としての限界を感じるようになったという。

「映像を作る方はもう追いかけてないですね。僕ら役者が大工さんだとしたら、映画を立ち上げるのは『ダムを作る』『タワマンを建てる』ような公共事業みたいなもので、大工さんの技術や心意気だけでは全く違うもので作れないと気づきました。お金の問題もありますしね」

偉大な父へのライバル意識とは【写真:増田美咲】
偉大な父へのライバル意識とは【写真:増田美咲】

 大鶴が最後にメガホンを取ったのは、東日本大震災の原発事故直後の福島県で全編ロケを敢行した『裸のいとこ』(2013年)だ。当時の並々ならぬ覚悟を振り返りつつ、現在のスタンスを力強く語った。

「最後に映画を作ったのは東日本大震災の時で、あの原発事故の当事者になりたくて、ノーギャラに近い感覚で集まって作ったのが最後です。これからはプレイヤーとしての自由度を味わっていこうと思っています」

 抗うことのできない血筋と向き合い、作り手としての試行錯誤を経た末にたどり着いた「舞台俳優」という現在地。大鶴義丹の演技には、そんな人生の年輪が深く刻まれている。

□大鶴義丹(おおつる・ぎたん)1968年4月24日、東京都出身。『首都高速トライアル』(88年/金澤克次監督)で本格映画デビュー。以降、映画やテレビドラマ、舞台、さらに映画監督、小説家としても活躍。近年の主な出演作に映画『ウスケボーイズ』(2018年/柿崎ゆうじ監督)、『日本独立』(20年/伊藤俊也監督)、『めぐみへの誓い』(21年/野伏翔監督)、ドラマ『ゴシップ #彼女が知りたい本当の〇〇』(22年/フジテレビ系)などがある。5月30日から舞台『十二人の怒れる男』(銀座・博品館劇場)の公演を控える。

【公演情報】
舞台『幸せのタネ』
日程:2026年4月22日(水)~26日(日)
劇場:新宿村LIVE(東京都新宿区北新宿2-1-2)
脚本:西条みつとし(TAIYO MAGIC FILM)
演出:藤井仁人(TAIYO MAGIC FILM)
出演:大鶴義丹、杉江大志、岩田華怜ほか
チケット:プレミアム席3万円、SS席1万3000円、S席8000円、A席6000円、見切れ席5000円

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