「僕が輝くことが、彼が喜ぶこと」―江幡塁、三浦春馬さんに捧げる勝利の裏にあった思い
「団体の物語の時代は過ぎたのかもしれない。でも何かを背負うときに個人の物語も厚みを増すんだ」
さらに浅倉の試合と同じく、メインに出場したホベルト・サトシ・ソウザが矢地祐介に放ったマウントパンチにも同様の殺気を感じることができた。こちらも試合後の矢地が「完全にボコられたなと。入りから極めまで早くて正確だし、甘く見たつもりはないんですけど、結果として甘く見てた感じになりましたね」と、コメントもあまり弾けたものにはならない。
言ってしまえば、矢地にとってソウザは格闘技的には格が上の相手。そこに挑む形になった矢地は、負け方によっては今大会に参戦したどのファイターよりも失うものが大きいはず。それでも矢地は完敗を喫した。いずれにせよ、なかなか本来の明るい矢地が見えてこないのは残念すぎる。一刻も早くどんよりとした空気を払い去ってほしい。
……と、ここまで書いて、いったい何が言いたいのだと思うなかれ。
「RIZIN.22」のリング上、全9試合のうち、8試合がKO(TKO)もしくは一本勝ちと分かりやすい決着がついたのはよかったが、どうにももうひと声ほしくなってしまった身勝手な自分が存在しているのである。
その正体はいったいなんなのか。そう思っていたら、一人それに気づいていた人物が存在した。
「団体の物語の時代は過ぎたのかもしれない。個人の物語の時代だ。でも何かを背負うときに個人の物語も厚みを増すんだ。今は率先して損をするタイミングかもな」
発言の主は“バカサバイバー”青木真也である。青木は「RIZIN.22」が終わった直後に当たる午後7時15分にこれを自身のツイッターに書き込んでいる。見事なまでにRIZINの現状を言い当てていると思ってしまうのは自分だけなのか。
とはいえ、この「何かを背負うときに個人の物語も厚みを増す」という“バカサバイバー”の言葉をどう解釈すると前向きな話につながるものかを考えてみる。
もちろんそれは個々によるとは思うが、例えば第5試合でシュートボクサー植山征紀と対戦し、今大会で唯一、判定で勝利をものにすることになった、江幡塁には当てはまらないだろうか?
というのも、江幡は双子の兄である睦(むつき)とともに、7月18日に急逝した俳優の三浦春馬さんとは幼なじみで親友でもある間柄だった。
記憶に新しいところでは、昨年の大みそかにさいたまスーパーアリーナで開催された「RIZIN.19」のリングで那須川天心と闘った際、一緒に花道を入場してきたこともある。そんな関係性から、今回、親友を失った哀しみを乗り越えてのリング復帰となった。