HKT48坂本愛玲菜の運命を変えた「きくちP」との出会い “最速”で送った歌詞採用で花開く

福岡市を拠点に活動するアイドルグループ「HKT48」は、7月5日にレッスン場からの配信限定ライブを初開催した。新型コロナウイルス感染拡大防止策としてソーシャルディスタンスを確保するため出演メンバー10人に絞ったライブで、3期生の坂本愛玲菜は、2期生の田島芽瑠、3期生の田中美久ら選抜常連組とともにステージに立ち、MCでは熊本・鹿児島両県の豪雨被災地にメッセージを送った。苦節を乗り越え、歌手への夢を突き進む坂本の軌跡をたどる。

「HKT48」坂本愛玲菜(C)Mercury
「HKT48」坂本愛玲菜(C)Mercury

【インタビュー前編】"ダンスっ子"だった幼少期、浜崎あゆみに憧れて歌手を夢に掲げる

 福岡市を拠点に活動するアイドルグループ「HKT48」は、7月5日にレッスン場からの配信限定ライブを初開催した。新型コロナウイルス感染拡大防止策としてソーシャルディスタンスを確保するため出演メンバー10人に絞ったライブで、3期生の坂本愛玲菜は、2期生の田島芽瑠、3期生の田中美久ら選抜常連組とともにステージに立ち、MCでは熊本・鹿児島両県の豪雨被災地にメッセージを送った。苦節を乗り越え、歌手への夢を突き進む坂本の軌跡をたどる。

 新型コロナウイルスの影響で劇場公演や握手会が延期。応援してくれるファンと直接交流が図れず、豪雨で被災した人たちへも言葉を伝えるのが困難な状況だ。だからこそ、坂本は「言葉以上に届くものがある」と信じる歌に想いを乗せ、みんなに笑顔になってほしいと願う。2013年の「HKT48」3期生オーディション合格から7年。そこには、自ら切り開いてきたアイドル人生がある。

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 福岡県に生まれた坂本は幼少期、少し人見知りな一面がありながらも、休み時間はひたすら外で遊ぶ「活発な女の子」だったという。そんな彼女が小学校の6年間、ロックダンスとヒップホップダンスに打ち込むのは自然な流れだったのかもしれない。

 友人に誘われて「HKT48」の公演に足を運び、1期生・熊沢世莉奈のキレキレなダンスに魅了されてオーディションを受けることになるが、坂本が最初に「歌手になりたい」と思ったのはいつなのか。さかのぼれば、ダンスを習うよりも前から幼心にも憧れを持っていたと語る。

「保育園・幼稚園のアルバムを見ても、その時から将来の夢に『歌手になりたい』と書いていました。自分がスポットライトを浴びて歌っている絵を描いたりしていたので、人前に立って歌いたいという想いは小さい頃から持っていました。母親の影響で浜崎あゆみさんがすごく好きだったのが、歌手を目指す原点だったと思います」

 ただ、HKT48加入前までボイスレッスンなどを受けていたわけではなく、アイドルとしてスタートを切った当初は「周囲だけでなく、私も自分に歌のイメージがなかった」状態。そんな時、研究生時代にふとかけられた言葉が道しるべとなった。

「それまではダンスのほうが得意で、歌に自信があるわけではなかったんです。でも、レコーディングのスタッフさんに『声がいい』とほめて頂いたのがすごくうれしくて、『歌を頑張ろう』『自分はこれを伸ばしたらいいんだ』と思えるきっかけになりました。本当に感謝しています」

次のページへ (2/3) 「1人アカペラ動画」をきっかけに初選抜入り
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