“ホラ漫談”でR-1優勝 39歳・街裏ぴんくの歩み…玄人受けで7年前から「第2の鶴瓶」の評価

芸歴20年の街裏ぴんくが、ピン芸人の日本一を決めるお笑い賞レース『明治プロビオヨーグルトR-1presents R-1グランプリ2024』で優勝を飾った。22回目を迎えた同大会は、21年から始まったエントリー資格「芸歴10年以内」(アマチュアは参加10回目以内)の制限を撤廃。過去最多5457人がエントリーした。39歳にして頂点に立った街裏は、唯一無二の「ホラ漫談士」。苦労を重ねながら芸人仲間からリスペクトされてきた素顔を紹介する。

『R-1グランプリ2024』で優勝を飾った街裏ぴんく【写真:ENCOUNT編集部】
『R-1グランプリ2024』で優勝を飾った街裏ぴんく【写真:ENCOUNT編集部】

唯一無二の芸はツービートの漫才がヒント

芸歴20年の街裏ぴんくが、ピン芸人の日本一を決めるお笑い賞レース『明治プロビオヨーグルトR-1presents R-1グランプリ2024』で優勝を飾った。22回目を迎えた同大会は、21年から始まったエントリー資格「芸歴10年以内」(アマチュアは参加10回目以内)の制限を撤廃。過去最多5457人がエントリーした。39歳にして頂点に立った街裏は、唯一無二の「ホラ漫談士」。苦労を重ねながら芸人仲間からリスペクトされてきた素顔を紹介する。(取材・文=柳田通斉)

優勝が決まると、所属事務所の関係者からショートメールが入った。

「街裏が優勝しました。ENCOUNTさんもネット速報をされますか」

言われるまでもなく、編集部はその時点で複数本の記事を発信していた。私がそれらを添付し、同関係者に「見る目は間違ってなかったですね」と送信。すると、すぐさま返信があった。

「ありがとうございます。確かに私が『これは良い』と見つけて10年かかりましたが、トップまで取れて本当に良かったです。これからもよろしくお願いいたします」

私が街裏を初めて取材したのは2年前。2022年4月だった。同年2月には、『R-1ぐらんぷり』の出場資格がない芸歴11年目以上の芸人による『Be-1グランプリ』に出場し、グランプリを獲得。にわかに注目されてきた時期だった。

体重110キロ、スキンヘッド。街裏は、迫力ある風体とはギャップのある腰の低さで、自身の歩みを語り始めた。

「大学在学中の2004年、高校の同級生とのコンビ・裏ブラウンを結成しました。2007年には解散して大学卒業後、ピン芸人として松竹芸能に入所しましたが、1年で退所しました。その後、吉本新喜劇の島木譲二さんに弟子入りを志願したんですが、『お笑いはやめとけ。大阪プロレスに行きなさい』と言われれて断られました。仕方なく弟子入りをあきらめて、上京して事務所に入りましたが、そこは悪役俳優が所属するところでして(笑)。そして、半年後に今、所属しているトゥインクル・コーポレーションに拾ってもらいました」

「ホラ漫談」にたどり着いたのは15年。動画でツービートの漫才を見たことがきっかけだった。ビートたけしが、「クラスに顔がデカい奴がいて、運動会でヨーイドンって鳴ったら、1秒でゴールをしたんだよ。顔がデカいから」としゃべる姿を目にし、街裏は「こんなん、好きやわ~」と思い、ホラ漫談に徹することを決意した。そうして積み上げたネタは数百本ある。YouTubeチャンネルには、今大会で披露した「温水プールで石川啄木に遭遇」や「初期メンバー」の基になったネタも公開している。「ホイップクリームが流れる滝に行ってきました! 富山県の小矢部市にあるんですけどね」などと奇想天外なストーリーもあったりする。

これらは街裏が主戦場とするライブで披露してきたものだ。観客は「架空の話」と分かっていなから、街裏が「ホンマですよ~」とオーバーアクションで訴えるとストーリー展開に引き込まれる。テレビ出演機会は多くはないが、17年には、放送作家・鈴木おさむ氏がブレイク前の芸人を取り上げるBSフジ『冗談手帖』で「面白さは番組史上、NO.1。第2の鶴瓶」と絶賛。20年には、同世代のカズレーザーがフジテレビ系情報番組『とくダネ!』で「日本で5本の指に入る面白さ」と街裏を紹介して話題になった。そして、今大会でも小藪千豊が「好きなタイプ。ネタを作り込んでる」とコメントするなどし、最終決戦では、審査員の5人中3人が街裏に票を投じた。

文字通り、玄人好みの芸人。これまでは、アルバイトを掛け持つなどした妻に支えられたという。ここから先、自身の「伸び」は、この面白さをいかに大衆に広げるかだ。優勝を決めた直後に街裏は言った。「R-1に夢はあるんですよ!」。その言葉に説得力をつけるべく、さらなる奮闘に期待したい。

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