「介護士だって人間なんです」 高齢者への虐待は「絶対ダメ」でも… 転職して分かった33歳女性の複雑胸中

高齢化社会の日本で介護職の重要性は高まっているが、業界には課題が山積している。慢性的な人手不足、進まない待遇改善、そして、職員による高齢者の虐待問題も暗い影を落としている。「介護士だって、人間なんです」。認知症になった祖父の死をきっかけに事務職から転身した現役介護職員で、著書『気がつけば認知症介護の沼にいた。もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ刊)を上梓した畑江ちか子さんに、職員としての複雑な本音、ストレスを爆発させない働き方の考えを聞いた。

『気がつけば認知症介護の沼にいた。もしくは推し活ヲトメの極私的物語』を上梓した畑江ちか子さん【写真:ENCOUNT編集部】
『気がつけば認知症介護の沼にいた。もしくは推し活ヲトメの極私的物語』を上梓した畑江ちか子さん【写真:ENCOUNT編集部】

認知症の介護職「きつい、汚い、危険、給料が安いの『4K』と言われていますが、案外楽しいんですよ」

 高齢化社会の日本で介護職の重要性は高まっているが、業界には課題が山積している。慢性的な人手不足、進まない待遇改善、そして、職員による高齢者の虐待問題も暗い影を落としている。「介護士だって、人間なんです」。認知症になった祖父の死をきっかけに事務職から転身した現役介護職員で、著書『気がつけば認知症介護の沼にいた。もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ刊)を上梓した畑江ちか子さんに、職員としての複雑な本音、ストレスを爆発させない働き方の考えを聞いた。(取材・文=吉原知也)

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 ニュース報道で見聞きする、介護施設職員による利用者への暴力事件。「当然ダメなことです。でも、気持ちは分かるなって。介護職に就く前は『最低だ』としか思っていませんでしたが、この仕事がどういう仕事なのか分かったからこそ実感します」。職員が手を上げることは許されない。そのうえで、畑江さんは悩ましい心境を明かす。

 認知症になり101歳で亡くなった祖父を看取ったグループホームの職員たちが涙を流した光景を目の当たりにし、恩返しの思いを持って「自分も何かの役に立ちたい」と介護業界に飛び込んだ。待っていたのはしんどい現実。グループホーム勤務だが、入居者から食事を顔に吹きかけられたり、たたかれることもしばしば。「精神崩壊寸前」まで追い込まれたこともある。現在33歳。「介護職は『きつい』『汚い』『危険』に『給料が安い』の『4K』と言われていますが、自分が知らない時代を生きてきた高齢者と触れ合うことは、日々発見があり、案外楽しいんですよ」と、前向きに業務に取り組んでいる。

 介護士の模範のような女性上司のある告白が今でも忘れられない。朝から浮かない様子の上司。喫煙所でおえつを漏らした。両親と暮らしているのだが、認知症の症状が見られ始めた母親をお風呂に入れているとき、怒鳴られシャワーでお湯をかけられ、カッとなって思わず頬をたたいてしまったというのだ。仕事を通してすべてを分かっていたつもりでも、自分の親が変わっていく姿を受け入れられなかった。上司は時間を置かずに、母親を施設に入れる決断をしたという。畑江さんは著書で「一生懸命やるほど、相手を思うほど、ちょっとしたきっかけで呆気なく鬼になってしまう……」とつづった。重く響く一節だ。

 転職して約3年。温厚な畑江さんでも、イライラが爆発しそうになる瞬間がある。薬を飲むのが苦手な入居者から床に吐き出されて「苦いんだよ、このバカ女」と罵声を浴びせられたり、夏場の熱中症が怖い時期に冷房嫌いの入居者から「冷房切れ、ぐずぐずしてると殴るぞ」と怒鳴り付けられたり……枚挙にいとまがない。「乱暴な言動をされたらムカつくのは当然で、自分の心が生きている証拠だと思います。怒りの感情を抑え続けると、いつか爆発してしまいます。自分の心の中だったら、どんなに悪態をついてもいくら怒ってもいいですよね。大事なのは、実際に行動に移さないことです」と強調する。心を落ち着けるために、一服の時間を設けたり、合間を見てクールダウンすることも一手だという。

 また、冷静にイライラの原因を探ることの重要性も説く。

「イライラしちゃうときって、入居者以外の原因で起きてしまうことも多いです。入居者の衣食住の生活をサポートする仕事なのですが、職員間の連係不足によってスケジュールが狂う事態が起きて、それが重なり、イライラが頂点に達してしまいます。職員の思い通りにいかなくて、焦って困惑して、高齢者側に怒りの矛先が向かって手を上げてしまう……。そんなケースもあるのではないでしょうか」。

 一番大事なのは、時間のゆとりを自分で確保すること。「1日の生活に沿ってやらないといけないことのスケジュールが詰まっています。朝からあれしてこうしてと綿密に計画立てても、うまくいかないことが大半です。私はいくつかの柱になる業務は念頭に置いていますが、臨機応変に対応することを心がけています。利用者のケア以外の書類作成や雑務も結構あるので、なるべくオペレーションを最適化して無駄を省きたいですよね。そこは自分自身が頭を使って考えていかないといけません」。

 それに、「入居者の自立支援の目的もあって、お手伝いを頼むこともあります。例えば、お皿拭き。食洗器がすでに使われているけど、9人分のお皿を洗わないといけない。そんなとき私はどんどん高齢者の皆さんにお願いします。感謝の気持ちを伝えると、『そんな(感謝されることでも)ことないよ』とおっしゃる方もいます。それは本心なんです。めっちゃ助かるんですよ。正直やることがあり過ぎて手が回らないので、実際に頼っています」。日々苦労は絶えないが、ときに高齢者の力を借りて、交流を深めながら仕事にまい進している。

介護職の担い手の重要性が高まっている(写真はイメージ)【写真:写真AC】
介護職の担い手の重要性が高まっている(写真はイメージ)【写真:写真AC】

「今こうして生きているのも、高齢者が現役世代に作ってくれた社会があってこそ」

 暴力という最悪の虐待行為に至らないように、“こうあるべき”を相手にも自分にも押し付けない。「あきらめ」も大事なポイントになるという。

「就寝するときにベッドに入る際に、室内履きを脱いでもらう必要があります。衛生上の理由もあるからです。ただ、室内履きを脱ぐのを嫌がる入居者もいます。それで夜に大暴れすることもあります。私はそこで無理に脱がせたり、威圧的な言動で強制することはしません。そのまま寝かせるんです。それで、入居者の気持ちが落ち着いたところでまた声をかけるか、朝の起床時にすぐにシーツを交換するか、こうした方法をとります。相手は人間なので、完璧にコントロールすることは無理です。この業務はどうしても今やらないといけないことなのか、この観点で、あきらめるところはあきらめています。すべてに完璧を求めないこと、気持ちの切り替えが大切だと思います」

 団塊ジュニア世代が65歳以上になり、高齢者人口がほぼピークに達すると指摘される「2040年問題」が、遠くない未来にやってくる。業界の課題改善は急務だ。施設側が従業員の負担軽減を図る努力も必要で、国・行政による的確な施策の実行も当然求められている。

 これからも介護職を続ける覚悟を示す畑江さん。「認知症の症状はさまざまで、今自分がどこにいるか分からない方もいれば、亡くなった旦那さんを探し続ける方もいます。そんな方々にどうやって安心してもらえるか。職員で話し合って、日々あれこれ方法を試しています。うまくいくことは少ないですが、成功したときはうれしいものです。私が楽しい幼少期を過ごせたのも、今こうして生きているのも、高齢者の方々が現役世代に作ってくれた社会があってこそです。感謝の思いを持って接していきたいですね」。高齢者との人間関係を大事に、自分に無理をさせずに働いていくつもりだ。

□畑江ちか子(はたえ・ちかこ)1990年、神奈川生まれ。高校卒業後に事務職に就くが、祖父の死を契機に介護業界に転職。「元来のオタク気質」で、趣味は乙女ゲーム。10代から続く推し活が「日々を生きる糧」になっている。

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