優等生が暴走族入りしたワケ…父親の冷酷行動で非行の道へ デスマッチヤンキーの悲しい思い出

「デスマッチヤンキー」宮本裕向が今年、666の旗揚げ20周年とともにデビュー20周年を迎えた。「デビュー20『執念』記念大会」(8月2日=東京・後楽園ホール)では尾崎魔弓、アブドーラ・小林with益子寺かおりと組み、忍、石川勇希、神代龍也with阿部史典&遠藤マメ組と対戦し、ムーンサルト・プレスで忍をフォールした。特攻スタイルの激しいファイトに加え、トビ職だった経歴を生かした華麗な空中殺法などにも定評がある。様々な団体に乗り込み、安定した人気を誇っている。

ブロックを叩きつける宮本裕向【写真:柴田惣一】
ブロックを叩きつける宮本裕向【写真:柴田惣一】

柴田惣一のプロレスワンダーランド【連載vol.157】

「デスマッチヤンキー」宮本裕向が今年、666の旗揚げ20周年とともにデビュー20周年を迎えた。「デビュー20『執念』記念大会」(8月2日=東京・後楽園ホール)では尾崎魔弓、アブドーラ・小林with益子寺かおりと組み、忍、石川勇希、神代龍也with阿部史典&遠藤マメ組と対戦し、ムーンサルト・プレスで忍をフォールした。特攻スタイルの激しいファイトに加え、トビ職だった経歴を生かした華麗な空中殺法などにも定評がある。様々な団体に乗り込み、安定した人気を誇っている。

 実は子どもの頃は優等生だった。中学1年生のときには、植樹祭で広島を訪れた天皇皇后両陛下と会話を交わしている。失礼があってはならないので、話しかけられる子どもはあらかじめ厳選されており、当然ながら成績優秀な子どもが選ばれているのではないだろうか。優等生だった宮本だが暴走族入り。ヤンキーになったのには悲しいワケがあった。

 中学2年生だった。鴨を飼い「ピーちゃん」と呼んで、とてもかわいがっていたのだが、部活が忙しく、ピーちゃんの世話がなかなかできなかった時期があった。お父さんに何度か注意され「ちゃんと世話しないなら、ピーちゃん食ってやるけん」と言われたそうだ。

「何を言っているんだ。みんなでかわいがっているのに、食えるもんなら食ってみいや!」と反発したのだが……その夜の晩御飯は鴨鍋。「うまいか?」と聞くお父さん。宮本は「うん、うまい」とモリモリ食べる。

 ところがお父さんから「それ、ピーちゃんやけん」と衝撃のひと言が飛び出した。

 かわいかったピーちゃん、自分の後を一生懸命ついて歩いて来たピーちゃん…そんなピーちゃんを鍋にしてしまうなんて。大人なんて、親なんて。

「グレてやる!」。怒りの宮本はワルの道に入った。暴走族を率い、ヤンキー道まっしぐら。地元を荒らし回って警察に検挙されてしまった。引き取りにきたお母さんに泣かれたことで、暴走族から足を洗ったという。

 子どもはちょっとしたキッカケで悪くもなるし、更生もする。「お父さんがキッカケでワルの道に足を踏み入れたが、お母さんの涙で更生した」という宮本の事例は、プロレスファンの教育関係者の興味を大いに引いた。「子どもの成育は、家庭環境に起因すると改めて深く考えさせられる」と声を掛けられたという。

 人生いろいろ。さまざまな経験で学んだことも多いと振り返る。「実は今、上の娘が反抗期。まあ自分も親に反抗していたから仕方ない」と苦笑い。そういう年頃なのだと、子どもをあまり追い詰めるような叱責をせず、時の経過を見守っている。

 とはいえ「ある程度は自由にさせますが、もちろん限度を超えたら、ガツンと叱りますよ」とズバリ。ずっと子どもに真摯に向き合ってきた、リアルイクメンの宮本だからこその応対だ。

 また、受験を控えたファンに「自分は学校やめちゃったけど、君は受験頑張ってね。でも息抜きも必要だから、たまにはプロレスも見に来てよ!」と激励していたところ今春、見事に国立大学に合格した。「宮本さんの励ましのおかげで合格することができました。ありがとうございました」という報告に「君が頑張ったからだよ。偉いね! 凄いね! 頑張ったね」と笑顔で接していた。きっとますますファンになったことだろう。

 11月19日には地元・広島県廿日市市の県立もみのき森林公園体育館で、20周年凱旋興行を開催する。宮本はアジャコングとのシングルマッチ。他にも刺激的なカードがラインアップされている。

「アッと言う間のようで、意外に長かった20年。だけど覚悟が決まった。自分は生涯、プロレスを続けたい」と生涯現役宣言だ。

「デスマッチの傷とケガは違う」と力説する宮本裕向。デスマッチファイターとしてのプ
ライドと自負を大切にしている。これからもケガに気を付け頑張ってほしい。

次のページへ (2/2) 【写真】普段はおちゃめなオフモードの宮本裕向の姿
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