“女を売る雰囲気”も…生保レディーがノルマ至上主義に見た地獄 友達LINEグループ追放の果て

ライフステージを重ねる中で、人生設計に欠かせない生命保険。顧客勧誘や手続きを担うのが保険外交員だ。女性が多い職場というのが一般的なイメージで、「生保レディー」とも呼ばれている。一方で、激しい契約ノルマが従事者を苦しめる“負の構造”が指摘されている。セクハラや枕営業といった妙なうわさがあることも確かだ。実はあまり語られない生命保険業界の内情とは。変わるべきこととは何か。生命保険会社に勤務経験があり、実体験に基づいた著書『気がつけば生保レディで地獄みた。もしくは性的マイノリティの極私的物語』(古書みつけ刊)の作者・忍足みかんさんに聞いた。

生命保険業界に従事する女性たちのリアルとは(写真はイメージ)【写真:写真AC】
生命保険業界に従事する女性たちのリアルとは(写真はイメージ)【写真:写真AC】

かけてかけてかけまくるテレアポ、表彰大会でペナルティーを宣告され、男性の顧客の家に1人訪問も

 ライフステージを重ねる中で、人生設計に欠かせない生命保険。顧客勧誘や手続きを担うのが保険外交員だ。女性が多い職場というのが一般的なイメージで、「生保レディー」とも呼ばれている。一方で、激しい契約ノルマが従事者を苦しめる“負の構造”が指摘されている。セクハラや枕営業といった妙なうわさがあることも確かだ。実はあまり語られない生命保険業界の内情とは。変わるべきこととは何か。生命保険会社に勤務経験があり、実体験に基づいた著書『気がつけば生保レディで地獄みた。もしくは性的マイノリティの極私的物語』(古書みつけ刊)の作者・忍足みかんさんに聞いた。(取材・文=吉原知也)

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 忍足さんはLGBTQ+当事者で、恋愛で性別を重視しない「パンセクシャル(全性愛)」だ。女子大出身で、業種を絞らずに就職活動をしていた際に生保業界が目に留まった。「内定が出やすかったということもありますが、『憧れちゃった』ことが大きいです。就活のパンフレットを見ると、朝はスムージーを作って定時に仕事を終えてホットヨガみたいなバリバリ働くきれいな女性の姿が紹介されていて、キラキラした世界はすてきだなと。LGBTQ+フレンドリー企業だということを押し出していたので、いいなあと思ったんです」。

 入社して、研修を終えると待っていたのは、“ノルマ地獄”だった。街頭アンケートからの勧誘、100枚単位のチラシ配り、保険の加入希望者を紹介してくれる協力者の確保、かけてかけてかけまくる電話のテレアポ、そして、新規契約は毎月最低2件が必須……。しかも、年次を重ねて、社内のランクが上がっていくと、「ノーマル」と位置付けられる数字目標のハードルが高くなる。月2件に保険額500万円のノルマが追加され、ベテラン勢は3件900万円。また、3年目を超えると、年金保険や小さな医療保障の見直しは0.5件扱いになり、件数を取りまくらないといけなくなる。同書では「ノルマが達成できないと、ここでは存在価値が薄らいでしまう」と表現した。

「オフィス内はまるでドラマの世界でした。自分の机の上の名前ボードには手書きで目標を書き込みます。個人の成績を表示するホワイトボードには、ノルマ未達の人には『喝』の文字やドクロマークが貼られます」。社内表彰の大会では、ノルマ達成した従業員は激賞される一方で、「募集事故」というミスが発生した個人にはその場でノルマが加算されるペナルティーを宣告され、“公開処刑”に。「私が見てきた中で、生保レディーは、病んじゃう人か空元気の人の2パターンで、ごくまれに合っちゃう天職の人がいるという感覚です。70代でも働く女性もいます。ベテランの元気なおばちゃんが多いです。でも、皆さん、明るくはつらつしていますが、目が笑ってない。ちょっとホラー感を感じました」と振り返る。

 血のにじむ思いでその月の目標をクリアしても、月をまたぐと、またまっさらの状態に。「月初めに1.5件を出すと気持ちに余裕が出て、楽にその月を過ごせます。でも、毎月毎月が自転車操業で、その繰り返しでした」。上司から「友達が大事なら、友達のために勧めないと」と言われ、勧誘の連絡をしまくった結果、LINEグループから追放、着信拒否。多くの友人を失った。忍足さんはあえぐ中でメンタル面を崩し、一時休職。入社3年目を前に、契約手続き上の問題を起こしたこともあって退職となった。

『気がつけば生保レディで地獄みた。もしくは性的マイノリティの極私的物語』の書影【画像:(C)古書みつけ】
『気がつけば生保レディで地獄みた。もしくは性的マイノリティの極私的物語』の書影【画像:(C)古書みつけ】

「生保レディーとお客さんの両方にとって悪循環が生まれている」 改善の一手とは

 ちまたで聞くような、顧客からのセクハラ、そして、“女を武器にする”ような営業活動はあるのか。こんな体験談があるという。

「バレンタインデーにチョコを持っていくのは当たり前で、自腹でした。顧客のお宅を1人で訪問する営業活動があります。新人時代に先輩に同行したことがありますが、先輩はスーツの胸元を開くような格好で、顧客のおじさんに相手していました。1人で男性の家に上がり込みますが、ハイヒールなので何かあっても走って逃げられない。私自身、危ないなという思いはずっと持っていました。他にも、パンフレットを見せて説明するときは必要以上に近付くなど、『女を売る』ような雰囲気はありました。別の先輩女性は、ちょっと勘違いした男性客からバッグやお菓子のプレゼントが贈られるようになって。既婚者で子どももいるんですよ。担当エリアが生活圏なので、スーパーで買い物中にその男性と出くわしたり、お子さんが話しかけられることもあったそうです。その先輩はもう辞めています。あと、今回の本を出してから元生保レディーの方と話す機会があって、『私のところは枕営業あったよ』と言われ、驚きました」と明かす。

 新人が入ってはいなくなり、先輩たちはノルマ達成に奔走して、「使い捨て」のような職場だった。ただ、忍足さんは決して、業界をただ悪く言うだけのつもりはない。「けんかを売っているのではないです。少しでもいい方向に変わってほしい。それだけです。多くの人にとって、やたら『契約が』と電話してくるうるさいおばちゃんのイメージだと思いますが、もっと世間の皆さんに実情を知ってもらいたいです。保険会社は多くの分野でスポンサーになっていて、どこかタブー視されている印象です。元生保レディーの人はたくさんいるはずなのに、“口外しちゃダメ”といった感じで内情についての話は出てきません。だからこそ発信しているんです」と強調する。

 ノルマに縛られる働き方の構造的問題。是が非でも達成するために、本来必要のない保証をプラスして契約金額を高くするような、倫理的にもグレーな手段に出るケースもあるという。より一層の適正化が求められる。固定給を増やして、“歩合”の出来高のバランスをとるという給与システムの改革も一手だろう。

 忍足さんは「自分の数字のために、年金暮らしのおばあちゃんに必要のない保証を追加する。そんなことは結構あると聞きます。自分の手当て欲しさに、高い契約を勧めることはざらにあります。ベテラン勢の中には、『どうせ客は分からないだろう』という意識がどこかにあるのかもしれません。それに、勧誘・営業がしつこい、うざいという世間的なマイナスイメージをひっくるめて、すべてノルマに起因するものだと考えています」と指摘する。そのうえで、「生保レディーとお客さんの両方にとって、悪循環が生まれていると思います。大事な仕事なのに、嫌われる。そんなイメージを変えたいです。営業でグイグイいってしまうようなプレッシャーとノルマの負荷を少しでも減らして、お客さんと適度な距離感を保って人生の大事な相談ができるような環境になればと願っています」と話している。

□忍足みかん(おしだり・みかん) 1994年、東京都出身。中学から大学まで女子校。2017年から約2年半、都内にある大手生命保険会社に勤務。19年『#スマホの奴隷をやめたくて』(文芸社刊)で作家デビュー。東京・台東区の書店「古書みつけ 浅草橋」で毎週水曜日に店員として勤務している。

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