「普通乗ろうとは思わない」 奇跡の再会果たしたボロボロの“スーパーカー”、60年の歴史

昨年6月に50万円で購入したのはまさかのボロボロの車……。40年にわたり野ざらしで、車体はひび割れ、さびだらけ。天井からは雨漏りだ。せめて塗装を……と言いたくなるが、栃木在住のオーナー、藤井等さんは首を縦に振らない。そこには車を愛するがゆえの深い理由があった。

1963年式ダットサンブルーバードP312【写真:ENCOUNT編集部】
1963年式ダットサンブルーバードP312【写真:ENCOUNT編集部】

車はさびだらけ、天井からは雨漏り…それでも購入したワケ

 昨年6月に50万円で購入したのはまさかのボロボロの車……。40年にわたり野ざらしで、車体はひび割れ、さびだらけ。天井からは雨漏りだ。せめて塗装を……と言いたくなるが、栃木在住のオーナー、藤井等さんは首を縦に振らない。そこには車を愛するがゆえの深い理由があった。

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 各地のカーイベントで話題沸騰の1963年式ダットサンブルーバードP312。

 藤井さんがこの車を見かけたのは、同じ栃木県内の社長宅の倉庫だった。本来、別の車を買おうと向かったところ、「これが外のはじのほうに置いてあって」。瞬時にビビッときた藤井さんは、年季を感じさせるボディーにほれ込み、購入を決意した。

 車検はなく、エンジンはバッテリーをつなげば辛うじてかかる状態だった。見た目はポンコツ車そのもの。聞けば、その前のオーナーは40年間野ざらしにしていたという。

 それでも、藤井さんは車の魅力を見抜いていた。

「古くてノンレストアの車がいいなと思って。きれいなやつだと基本的に金もかかっているから買うときも高い。これを直しても、金かけないように直せれば自分はそれでいい。走れるようになれば」

 条件の一つ「栃ナンバー」も満たしていた。売り主からは「これだけやられていたんじゃ、塗装するのにもちょっと無理がある」と言われたが、藤井さんは「オレはオレでこれを探していた」。偶然のマッチングが成立した。

 現状のまま50万で購入。その後、自身の手で必要な箇所を修理した。仕事は建築関係で昔から車、バイクは趣味だった。「いじったり壊したりするのが好きで仲間もものすごくいるから。原チャリのグループLINEも250人くらいいる」。腕には自信があった。それでも、「普通直して乗ろうとは思わないですよね。天井も切れて前が見えないぐらいぶらさがっていた。タンク内もさびていたし、雨漏りもするわでいいところなかったんですけど」。この令和の時代に誰がこんな手のかかる車を購入しようか……。

 燃料系からキャブ、ブレーキ回りを清掃し、オイル漏れを止め、ホイールシリンダーをオーバーホールした。「なるべく直せるのであれば自分で直す。頭絞って、ない部品は作って」。愛情込めて、車と向き合った。

 車検に関係のない、雨漏れはコーキングで止めただけ。「全部きれいにしちゃうとメッキ部分もメッキしたくなるし、シートも破けてるの張り替えるし、きりがないでしょう。だからオレはあんまり乗りものってそんなきれいにはしない。家にある車はみんなそう」。最低限の修復を終えた10月、ついに車検を通した。

「なんであんなボロボロ買うんだ」と、驚かれた車は、再び公道を走った。栃木から九十九里までノンストップで行き、帰ることができた。

 今年1月に佐野サービスエリア(SA)で行われたスーパーカーのイベントでは、スーパーカーを運転する仲間の最後部についていった。フェラーリでもポルシェでも、ランボルギーニでもないが、「一応ある意味スーパーカーだなと思って」。群衆の視線を集めたのは、この予想だにしない1台だったかもしれない。

 地元周辺ではこんなことも。「オレの車が左曲がったら左、右曲がったら右と、ずーっと車が後ろをついてきた。オレとしゃべりたくてついてきた。そういう人いたよね。ちょっと話したら、気が済んで帰ったけど」

 4月23日に上尾で行われたカーイベント。仲間と参加していた藤井さんの車の前には人垣ができた。

「絶対こういうところ来てもウケると思うよね。映えるというかね。(普通は)みんな塗装してきれいにするから。それがいけないことじゃなくて、新車で発売されて60年の間、そのままの状態でも走れるよって一般の人に訴えているみたいでしょ、車が。業者に頼まないで自分で直せばそりゃかわいくなりますよ。車もバイクもこれがいいっていうのはないけど、人気車種がこれだ、マイナーなやつはこれだって世間は決めているけど、オレは自分で直したやつは好きで堂々と乗りますよね」

オーナーの藤井等さん【写真:ENCOUNT編集部】
オーナーの藤井等さん【写真:ENCOUNT編集部】

「40年前に俺の家にあった車だ!」 まさかの“再会”も

 目立つというのは表向きの理由。外装をそのままにすることで、この車がたどってきた60年の歴史を直に感じてほしい。それが藤井さんの狙いだった。

 イベント参加を通じ、藤井さん自身にも思わぬ出会いがあった。「40年前にオレの家にあった車だ!」。歴代オーナーの1人が車を見つけ、話しかけてきた。「その人、半泣きでこの車と離れなかった。感動して。40年ぶりに自分の車を見たから」。スクラップされず、生きている。藤井さんが塗装していたら、気づかれたか分からなかった。「だんだんと歴史が分かってくる」。各オーナーの証言で、車の歩みを知ることができた。

「嫁は何も言わないですよ」と、家族は無反応。一方で、仲間からは「藤井さんらしいって言われます」。最大級のほめ言葉だ。

 旧車熱が高まる中、愛車を可能な限りレストアして、新車同然にしているオーナーもいる。

「オーナーの考えでやればいい。ただ、どんなに1000万の車があっても、きれいになっていれば、『あ、ケンメリだ、ハコスカだ』って素通りなんだよね。でも、ここには必ず止まる。10人中8人は。ということは、この車の生い立ちを、見た人が頭の中で描いているんだよね。1回見に来て(イベント会場を)回って4回戻ってきた人もいましたよ。『絶対友達になってください』と言って帰って行きました」

 車の老いも人間と同じ。藤井さんは時の流れに身を任せている。

「これは手放す気はないですよ。うちは農家で広いから。自分で乗れる間は乗りたいよね。みんな笑ってくれたり、自分の意見を言ってくれる。『塗装ぐらいしたら?』とか。でも、あえて逆らわないで、そうだよねって。だって80のばあちゃんに『整形したら?』って言ってるのと同じだよ。これ、いくらきれいにしたって60歳は60歳ですから」と結んだ。

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