秘伝の開発レシピを託された28歳、“におい”のスペシャリスト 知られざる臭気判定士とは?

学生時代から「におい」に引き付けられ、昆虫のフェロモンを学ぶなど研究の道へ。現在は「臭気判定士」の国家資格を持ち、消臭剤の開発にいそしむスペシャリストがいる。創業40年を迎えた専門メーカー「株式会社ハル・インダストリ」(静岡市)の望月幸之介さんだ。同社の「最重要企業秘密」である消臭剤の開発レシピを託された1人。においにまつわる知られざる職業に迫った。

消臭剤メーカー「株式会社ハル・インダストリ」で研究開発を担う「臭気判定士」の望月幸之介さん【写真:株式会社ハル・インダストリ提供】
消臭剤メーカー「株式会社ハル・インダストリ」で研究開発を担う「臭気判定士」の望月幸之介さん【写真:株式会社ハル・インダストリ提供】

「最重要企業秘密」の消臭剤開発レシピを知る1人 においの重要性を伝える使命感

 学生時代から「におい」に引き付けられ、昆虫のフェロモンを学ぶなど研究の道へ。現在は「臭気判定士」の国家資格を持ち、消臭剤の開発にいそしむスペシャリストがいる。創業40年を迎えた専門メーカー「株式会社ハル・インダストリ」(静岡市)の望月幸之介さんだ。同社の「最重要企業秘密」である消臭剤の開発レシピを託された1人。においにまつわる知られざる職業に迫った。(取材・文=吉原知也)

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 28歳の望月さんは「ハマったら一直線」の人生を歩んできた。高校時代は建築の仕事を思い描いていたが、生物の授業を受けて「思ったより面白い」。生物学の分野に興味を持ち、岐阜大応用生物科学部に進学した。農薬の開発に興味があり、大学では昆虫のフェロモンや花が昆虫を呼び込む仕組みを学んだ。次第に嗅覚そのものへの関心が強まり、「においに関する職業」を志すようになった。

 お酒にハマったのも大学時代。教授の別荘でウイスキーをごちそうになり、「未知の世界にびっくりしました。ウイスキーはよく『昔の方がおいしかった』と言われるのですが、それはしゃくだなと思い、ウイスキー作りを学ぼうと決めました」。卒業後は静岡県内の飲料メーカーに就職。ウイスキー蒸溜所で、原料の加工から熟成までの工程を経験した。

 一方で、自身のおじにあたる松浦令一氏が社長を務める株式会社ハル・インダストリに縁あって転職することになった。同社は、40年前に創業した静岡の地元メーカー。工場などに納める業務用の消臭システムをはじめ、家庭用消臭剤、ネット販売も精力的に手がけている。他企業と同様に、従業員の高齢化による継承者不足に悩まされており、20代の望月さんはうってつけの存在だった。2020年春に入社した。

 入社後、すぐに臭気判定士の資格を取得した。あまり聞き慣れない名前。悪臭防止法に定められた、臭気環境分野で初めての国家資格で、工場や事業所から出るにおいの度合いを測定することが主な仕事となる。「人が住んでいて不快に思うか、という基準のため、『嗅覚測定法』と言って、人間の鼻で判定します。最終的に、複数人の評価によって決めていきます」と教えてくれた。

 資格の筆記試験の難易度とは。「大学受験よりは簡単で運転免許よりは難しい、そんな感覚です。学科試験は5科目あるのですが、高校程度の理科、大学初級の統計学の知識があれば大丈夫です。受験者の嗅覚の機能を確認する検査もあります」。資格取得の社命を受けた望月さんは働きながらの試験勉強の両立で、約半年で取得。「科学分野が苦手な人は、1年ぐらいかかるかもしれません。僕の場合は科学が得意だったので、週に数日、仕事終わりに1時間ぐらい勉強するペースでした」と振り返る。社内で取得しているのは3人。20代は望月さんだけだ。

他人がその日に着てきた服が部屋干しかどうかまで分かる嗅覚

 望月さんは、社内でトップシークレットである秘伝の原料レシピを知る1人であり、その業務は多岐にわたる。消臭技術や悪臭の原因についての研究を重ねながら、新商品の開発や製品の効果検証、地元中学校に赴いて仕事内容について講和する機会も。また、営業担当と一緒に別企業の工場に出向いて、自社製品の消臭効果についてプレゼンする役割もこなしている。

 昨年7月には、半年をかけて研究・開発した新商品を発表。水洗いできる衣類向けの香料不使用の消臭柔軟剤で、自らゼロから手がけた第1号の商品となった。

 望月さんが目を付けたのは、“非主流派”の意見だった。「実はこんなデータがあります。『洗濯実態調査2020』(日本石鹸洗剤工業会 洗たく科学専門委員会実施)によると、柔軟剤について、『香りがあった方がいい』と思っている人は全体の約8割、『もっと香りが欲しい』と思っている人は全体の10%ぐらいいます。一方で、『香りはない方がいい』と思っている人は「どちらかといえば」を含めると約15%います。柔軟剤は、業界として香りを付けていく流れがありますが、無香料のニーズにはあまり応えられていないように感じていました。この15%の皆さんに届けたい、と思って作りました」と強調する。植物由来の消臭成分を複数配合し、水に溶けてなくなりやすい消臭効果を持続させることに成功。「苦労して」作り上げた自信作だ。

 そんなにおいのプロ。同僚によると「望月は部屋干しにうるさいんですよ」とのことだ。人のにおい、衣類のにおいを嗅ぐクセがあるため、他人がその日に着てきた服が部屋干しかどうかまで分かってしまうのだという。

 望月さんは、商品の研究開発への情熱だけでなく、多くの人に対してにおいの重要性を伝えていきたいとの信念を持っている。

「においって、あまりなじみがないものではないでしょうか。日本では香水を付けている人はそんなにいません。『五感』で言うと、目と耳で楽しむ芸術や音楽はよく話題になりますが、鼻に関する嗅覚は軽視されやすいです。料理をとっても、味覚、つまり舌が強調されます。でも、嗅覚と味覚の両方で味わうものなんですよね。においは目に見えないけど、大事な役割を果たしています。例えば、部屋に何かにおいがこもっていてもすぐ慣れてしまう。それがイヤなにおいだと、気付かないところで徐々にストレスを受けてしまうと思います。それを解消するために、消臭という技術があります。より気持ちよく生活するために、においを意識することは大事です。分かりにくいぶん、においに関するいろいろなことを、分かりやすく発信していきたいです」。若きにおい博士の“次なる発明”が楽しみだ。

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