渋谷センター街でたばこのポイ捨て9割減のナゼ 話題の“ナッジ理論“で理由を解説

改正健康増進法や、受動喫煙防止条例により、公共の場所から喫煙所や灰皿の多くが撤去された。一見、街はクリーンになったように感じるが、吸う場所や、吸い殻を捨てる場所を失った“喫煙所難民”が出現。死角となるような、目立たない場所にポイ捨てするケースが相次いだのだ。

渋谷センター街に設置された投票型灰皿
渋谷センター街に設置された投票型灰皿

ナッジ理論とはどんなものか

 改正健康増進法や、受動喫煙防止条例により、公共の場所から喫煙所や灰皿の多くが撤去された。一見、街はクリーンになったように感じるが、吸う場所や、吸い殻を捨てる場所を失った“喫煙所難民”が出現。死角となるような、目立たない場所にポイ捨てするケースが相次いだのだ。

 そんな問題をクリアにすべく、喫煙所ブランド「THE TOBACCO」を運営する株式会社コソド(東京都渋谷区)は、たばこのポイ捨てをなくす社会の実現を目指すプロジェクトを展開している。そんな中で、ある取り組みが注目を集めている。土日限定で渋谷センター街に設置された投票型喫煙所だ。

 オレンジや水色、黄色などカラフルに色分けされた投票型の灰皿を、ポイ捨ての多いエリアである渋谷センター街の宇多川クランクストリートに5台設置。「人生に大事なのは金か、愛か?」「武勇伝と生々しい愚痴、聞き続けるならどちらが良い?」といった、ユニークな“究極の2択”を投票型灰皿の前面に掲載。楽しみながら、灰皿に能動的に吸い殻を捨てたくなる仕組みに設計したところ、なんとポイ捨てが9割減ったという。

 また今月7日からは、渋谷センター街に続き、横浜駅周辺のたばこのポイ捨て問題を解決したいという思いから、横浜駅西口商店会連合会と協業で横浜駅西口五番街に投票型喫煙所の設置を開始し、こちらも効果が期待されている。

 なぜ灰皿を投票型にするだけで、ポイ捨てが激減したのか。行動経済学の専門家で、「ナッジ理論」について詳しい竹林正樹氏(青森大学客員教授)に聞いた。

 まずナッジ理論とはどのようなものなのか。

「ナッジは『そっと後押しをする』『ひじで軽くつつく』を意味する英語で、『軽い刺激で人を動かす工夫』という文脈で使われます。人を動かすには大きく分けて(1)情報提供、(2)行動したくなるように背中を押す(ナッジ)、(3)褒美と罰(インセンティブ)、(4)強制、の4段階があります。(1)のように、正しい情報を受け、その通りに行動すれば問題は少ないのですが、人の心には認知バイアスと呼ばれる「心の動きの歪み」があり、頭でわかっていても望ましい行動ができるわけではありません。

“みんながやっているから”“このくらい大したことないだろう”といった認知バイアスが強いと、つい望ましくない行動をしてしまいます。ここで(3)や(4)を使おうとしても大掛かりになるため、すぐにはできないことも多いです。これに対して、(2)のナッジは、認知バイアスの特性に沿った設計であり、シンプルに行動に踏み出しやすくします。」

 日常生活の中でも、様々な場所でナッジが人々の行動を左右している。竹林氏が具体例を示して説明した。

「例えば、不法投棄が多い場所に鳥居のイラストを書いたところ、不法投棄が減りました。『鳥居の前では悪いことはしたくない』という心理が不法投棄にブレーキをかけたようです。また男子トイレの小便器に書かれた“的(まと)”も身近なナッジです。『キレイに使ってください』と書いてあっても効果は少ないですが的があると、ついそこを狙いたくなり、トイレをキレイに使えるようになります。このように『ついそうしたくなる仕組み』があると、説得されるよりもストレスが少なく、望ましい行動に移りやすくなるのです」

青森県の保健所ではある取り組みで消毒液の消費量が1.9倍に

 自治体や企業レベルで取り組んでいるものもある。

「最近では、福岡県で駅の階段をピアノの鍵盤に見立て、踏むと音が鳴るようにしました。今までは階段脇のエスカレーターを使う人が多く、この流れを変えるには別の刺激が必要になります。鍵盤によって階段を使う楽しさが生まれ、エスカレーターを使っている人も『次回は階段を使ってみたい』と考えるようになり、結果的に階段を使う人が増えました。

 もう一つは京都駅前のタクシーロータリーです。決められた場所に停車しないタクシーが増えたことで、よく渋滞がおきていました。そこで2つのナッジを仕掛けました。まずは目のイラストが書かれた看板を立て、タクシーの運転手に『見られていますよ』という意識を持たせるようにしました。もう一つは歩道に小窓が付いた看板を立て、『この窓から見えるタクシーは違法駐車中です』という文言を添えました。これによりタクシーの運転手には『お客様に“違法駐車をしているタクシー”だと思われたくない』という気持ちが生まれます。人に見られていると思うと、正しい行動をしたくなるものです。その結果、違法駐車が減りました」

 またコロナ禍での、青森県の保健所で効果的だった事例も紹介した。

「保健所の玄関に消毒液を設置し、『消毒液を使ってください』と貼り紙をしましたが、ほとんどの人が通り過ぎていました。そこで、まずは床に目立つように消毒液に向けて矢印を書いたところ、(消毒液の)消費量が1.6倍に増えました。翌週は消毒液の『消費量を計測しています』と貼り紙を掲示したところ1.7倍に増え、さらに次の週には消毒液の消費量を掲示するようにしたところ、1.9倍に増えました。仮に利用者への教育やインセンティブで消費量を1.9倍にしようとすると、大変な労力とコストがかかりますが、ナッジならほとんど労力もコストもかかりません」

 どれも人間の深層心理に働きかけた結果だ。

 では渋谷のセンター街に設置された投票型の喫煙所で、ポイ捨てが激減したのは、どのようなナッジが作用したのか。

「多くの人は『ポイ捨てはよくない』とわかっていても認知バイアスに影響されると、ついポイ捨てをしてしまうものです。ここで“あなたが灰皿に捨てることに意味がありますよ”といった、認知バイアスをうまく刺激するナッジが機能したと考えられます。同様の事例が海外でもあります。サッカースタジアムの周りに『世界で一番のストライカーはメッシか、ロナウドか?』といった2択の灰皿を作ったところ、ポイ捨てが劇的に減りました。吸い殻を捨てることに“投票”という意味を持たせると、捨てることも楽しくなるような気がしませんか?」

 自分の推し選手に票が多数集まってほしい――。そんな心理に後押しされた結果だ。

「また、誰しも最初の一歩は躊躇する傾向にあります。これに対し、吸い殻の数を可視化したことで、“みんながきちんと灰皿に捨てている”という同調効果が発生し、灰皿に捨てやすくなります。『マナーを守ろう』と言われても、なかなか心に響かないものです。その場合、ナッジを使うことで、望ましい行動に踏み出しやすくなります。これは海外での事例が日本でもうまくいくことを教えてくれた、素晴らしい成功例ではないでしょうか」

 心理に働きかける、ほんの少しの工夫で喫煙者と非喫煙者が過ごしやすい環境が整えられるということだ。

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