【電波生活】「駅・空港・街角ピアノ」の舞台裏、わずか3人の取材班 定点カメラ5台で取材は1日8時間

注目番組や人気番組の舞台裏を探る企画。今回はNHKのBS1などで放送されている「駅ピアノ」「空港ピアノ」「街角ピアノ」(不定期放送)。国内外の駅や空港、街角に置かれたピアノを通りすがりの人が弾き、奏でる音に視聴者は癒され、語る言葉からは思いがけない人生を垣間見ることができる。番組はどんな経緯で誕生し、取材はどう行われているのか。NHKグローバルメディアサービスのエグゼクティブ・プロデューサー・茂木明彦氏に舞台裏を聞いた。現場では海外と日本の違いを感じることもあるという。

アムステルダムでピアノを弾くイスラエルの青年【写真:NHK提供】
アムステルダムでピアノを弾くイスラエルの青年【写真:NHK提供】

取材期間は10日間ほど5台の定点カメラで撮影

 注目番組や人気番組の舞台裏を探る企画。今回はNHKのBS1などで放送されている「駅ピアノ」「空港ピアノ」「街角ピアノ」(不定期放送)。国内外の駅や空港、街角に置かれたピアノを通りすがりの人が弾き、奏でる音に視聴者は癒され、語る言葉からは思いがけない人生を垣間見ることができる。番組はどんな経緯で誕生し、取材はどう行われているのか。NHKグローバルメディアサービスのエグゼクティブ・プロデューサー・茂木明彦氏に舞台裏を聞いた。現場では海外と日本の違いを感じることもあるという。(取材・文=中野由喜)

「あるディレクターが別番組の取材のため海外ロケに行った際、空港にピアノがあるのを見かけたのがきっかけです。誰が弾いてもいいピアノだと知り、演奏している人はどんな人なのか、なぜこの曲を弾くのかと興味がわき『空港ピアノ』という企画を提案しました」

 提案は認められ、2017年11月、イタリア・シチリア島にあるパレルモ空港を舞台に初回が放送された。これまで、海外15カ所、国内16か所のピアノを取材。今は年間、300回以上、放送されているという。

「駅や空港は多くの人が交錯し、出会う場所。さまざまな背景を持つ人がピアノを弾きに来るだろうし、人間性や音楽への思いを見つめれば、魅力的な映像が撮れるのでは、と考えました。実際に取材すると皆さん弾く曲はさまざまで演奏者自身のオリジナル曲もあります。制作スタッフは誰かがピアノの席につくたび、この人はどんな曲を弾くのかとワクワクしながら見守っています」

 そもそも海外と日本それぞれピアノの置いてある駅や空港はいくつあるのだろうか。

「いろんなNPOの団体とか自治体などが期間限定で設置していたりすることもあって正確な数は把握できていないんです。国内では、『だれでもピアノ』という情報サイト(https://pianomitsuketa.com/)があり、常設のストリートピアノを中心に、設置場所の情報を掲載しています。それによると、全国で600か所近く設置されているようです。でも海外になるとどのくらい設置されているかはなかなか調べようがありません。そもそもストリートピアノがいつ始まったのかもよくわかっていません。現在のような世界規模に広がるきっかけになったのは、2008年にイギリスで始まったプロジェクトのようです」

 では、どうやってピアノの設置してある場所を突き止めて取材に行くのか。

「海外の場合、旅行や取材に行った時にピアノを見たりすると、その国のリサーチャーやコーディネーターに場所を伝え、どういう団体がどんな理由でピアノを置いているのか、どのくらいの人が弾きにくるかなどを調べてもらい、取材に行くかどうかを決めています。国内は担当ディレクターがさきほどの情報サイトなども参考にして常設されている場所を調べ、現地に行き調査します。取材するかどうかはピアノが置かれている街の魅力なども考え総合的に判断して決めます」

 取材は何人体制で行っているのか。

「取材班は全部で3人。ディレクターとカメラマンと音声さん(海外取材の場合はコーディネーターも)。1日10人ほど演奏者がいる場所にロケに行き、取材は1日8時間程度、期間は10日間ほどです。5台の定点カメラを設置して撮影します。期間内で取材できるのは30~40人で最終的に放送できるのは20人くらいでしょうか」

 ロケの苦労、注意していることなども聞いた。

「見込みがはずれて1日に1人か2人しか演奏者がいないときは番組が成立するのかと焦燥感に駆られます。カメラ5台であらゆる角度から撮影しているのでスタッフが映り込まないように隠れる場所を探すのも一苦労。駅や空港では皆さんわずかな待ち時間に弾いて去って行きます。わずかな時間にその人のピアノへの思いやエピソードを聞くのは大変です。インタビューは時間との闘い。インタビューで最初に聞くのは『いま弾いたのは何という曲ですか』です。必ず聞くようにしています。自作の曲もありますので。また音響効果の専門家に曲名や作曲者名などの再確認や権利関係の調査も行っています」

番組スペシャルロゴ【写真:NHK提供】
番組スペシャルロゴ【写真:NHK提供】

取材して感じる多様性「音楽には年齢も人種も職業も国境も関係ありません」

 取材して感じることを聞いてみた。

「強く感じるのは多様性です。音楽には年齢も人種も職業も国境も関係ありません。演奏する皆さんがよく話されるのですが、ピアノは民族も言語も関係ない世界共通の道具だと。偶然出会った人同士がセッションを始めることもあります。年代も国籍も違う人たちが1台のピアノを通してつながる姿は感動します。ピアノを始めた動機や思い、エピソードはさまざまで、一つの楽器がこれほどまでに多様な人生を垣間見せてくれるのかと取材のたびに驚いています」

 海外と日本で何か違いもあるのだろうか。

「日本では女の子の習い事の印象が強いピアノですが、海外では男性が弾く割合が高いと感じています。両親や祖父母から習ったとか、独学で習得した人も多く、ピアノが暮らしに深く根付いている印象を受けます。日本である程度弾ける人は保育士さんや音楽の先生など、かつて習っていたという人が多い印象。でも、この番組がきっかけで60歳になって始めたという人もいましたし、だいぶ多様性が出てきたと思います」

 もう一つ日本で感じることがあるという。

「ピアノを設置したので、よければ取材に来てくださいという声を頂くようになりました。ここ数年日本でも全国的に駅や街角ピアノの数が急増していて静かなブームを実感します。駅や自治体関係者に番組ファンの方がいてピアノを設置されたということもあるようです」

 最後に取材で出会った印象的なエピソードを紹介してもらった。

「アムステルダム駅でプロ級の腕前でショパンの楽曲を演奏したイスラエル人の青年は、兵役につく直前の旅行中でした。『将来はピアニストになりたいけど、どうなるか分からない。最後に弾けて良かった』という言葉が忘れられません。リバプールで坂本九さんの『上を向いて歩こう』を演奏した81歳の元小学校教師は、生徒から『音楽なんてやっても仕事につけない』といわれた時は『仕事は得られなくても人生が得られる』と答えていたと語ってくれました。広島では脳出血で半身麻痺になり片手だけで弾き語りをした人、京都では突然妻を失った絶望からピアノで立ち直った人に出会いました」

 今後は旭川駅に置かれた「街角ピアノ」をBS1で11月3日午後7時から、小豆島に置かれた「街角ピアノ」を11月26日午後9時から放送する予定。海外編の取材も予定されていて、次はショパンの故郷、ポーランドのワルシャワに置かれたピアノを取り上げるという。

次のページへ (2/2) 【写真】ロンドンでピアノを弾く81歳の男性
1 2
あなたの“気になる”を教えてください