ちょっとしたワーケーションのつもりが…女性IT社員が目指す、神奈川-鳥取の2拠点生活

働き方の多様化で「副業」が注目を集める中、企業広報を本職としながら、地方創生を第二の仕事として取り組む女性がいる。綿引彩香さん(28)だ。アプリ開発・システム受託などを担うIT企業「株式会社アゼスト」(東京)の広報・採用担当者であり、鳥取県の「智頭町(ちづちょう)複業協同組合」事務局で広報・採用担当を兼業している。この秋からはワーケーションを延長して1か月以上、智頭町に滞在。「いい意味で、まさかこんなことになるとは」。大自然と地域の人たちの温かさに触れながら仕事をこなす2拠点生活について聞いた。

「株式会社アゼスト」綿引彩香さんは鳥取県智頭町で2拠点生活を送っている【写真:本人提供】
「株式会社アゼスト」綿引彩香さんは鳥取県智頭町で2拠点生活を送っている【写真:本人提供】

人口約6500人の小さな町で見つけたもう一つの仕事 「智頭町複業協同組合」

 働き方の多様化で「副業」が注目を集める中、企業広報を本職としながら、地方創生を第二の仕事として取り組む女性がいる。綿引彩香さん(28)だ。アプリ開発・システム受託などを担うIT企業「株式会社アゼスト」(東京)の広報・採用担当者であり、鳥取県の「智頭町(ちづちょう)複業協同組合」事務局で広報・採用担当を兼業している。この秋からはワーケーションを延長して1か月以上、智頭町に滞在。「いい意味で、まさかこんなことになるとは」。大自然と地域の人たちの温かさに触れながら仕事をこなす2拠点生活について聞いた。(取材・文=吉原知也)

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 もともと前職のITベンチャー企業で、広報・採用に2年間従事。地方にラボを設置する事業を通して、地方創生に関心を持った。「場所にこだわらない働き方や田舎暮らしに興味を持ちました」。アゼストには今年7月に転職した。同社にはそれまで人事・広報部門がなく、前職の経験を買われて立ち上げを任された。

 業務内容はコーポレート広報や社内コミュニケーション促進、中途採用の面接など幅広い。社内外の人と接する調整役でもあり、「人と会話をしながら何かを作っていくことが得意で、人をいい意味で巻き込むということが好きなんです。広報という仕事は、同じ社内の人たちからしても何をやっているのか分かりづらいところがありますが、やりがいのあるポジションです。社内の人たちと少しずつ会話を重ねて、『うちの会社のこういう良さを内外に広めると、会社に営業力や採用力が付いてくるんですよ』といった話をします。そうすると、自社のいいところはなんだろうと考えるようになって、自分の会社が好きになって帰属意識が生まれる。広報はそこに貢献できます」と熱く語る。

 ふつふつと沸いていた「地方創生に関わりたい」という思い。副業を認めているアゼストへの転職と同時期に、「まったく知らない場所で、基盤がないところで、0から1に何かを作っていくような新しいことをやりたい」と副業先を探していた。同組合が広報・採用担当の求人を募集しており、ぴったりとマッチ。今年7月から働き始めている。

 面接時の見学でも智頭町を訪れていたが、「何もないなぁ。ビルが全くなく、空が広く見えるなぁ」というのが、見学当初の感想だった。鳥取市内から車で約40分の山に囲まれた人口約6500人の小さな町。もともと宿場町で林業が盛んだったこともあり、築100年以上の古民家など、古い建物がたくさん残っている。山々や森林の景色も魅力の1つだ。神奈川出身で、鳥取を訪れること自体が初めての綿引さんにとって、智頭町で目にして触れるものは新鮮なことばかりだという。

大自然でリフレッシュ 「コロナ禍で人とのつながりを意識するようになりました」

 綿引さんが働く「智頭町複業協同組合」は、人口急減に直面している地域の人材不足の解消を目指す、地域特化型の人材派遣を行う組合で、総務省の「特定地域づくり事業協同組合制度」を活用して21年6月から運営がスタート。林業を中心とした担い手を増やすこと、地域の雇用創出、新規事業の立ち上げを大目標に掲げている。マルチワーカーと呼ばれる働き手を、地域の事業者に派遣。事務局は人材確保や育成を担当しており、地域の人たちとの橋渡し役でもある。マルチワーカーは現在4人で、全員が県外移住者。林業、観光、飲食などの仕事を組み合わせながら、地域事業者の下で働いている。一方で、約10人の事務局員は「副業人材」と名付けており、綿引さんの他に、大手広告代理店役員や航空会社社員ら豊富な人材がそろっている。リモート参加が基本で、それぞれが培ってきた経験やノウハウに加えて、地方都市ではつかみにくい都市部のトレンドや最新事情を地域に伝えている。

 綿引さんは広報・採用の仕事をそのまま組合の取り組みにも生かしており、「地域の人事部」というキーワードを挙げる。その中でも、組合独自の「人材ドラフト会議」は、地域の人たちにいい変化をもたらしているという。「マルチワーカーの方々の働き具合や得意・不得意について、定期的に、役場や林業の親方、地域事業者と一緒に話し合う場を設けています。そこに、私たち人材育成のプロの知見を取り入れて、例えばコンピテンシー(行動特性)分析によるデータを伝えています。こうした生き生きとしたコミュニケーションを通して、地域の人たちの育成リテラシーの高まりを感じています。職人である親方の考え方や教え方など、新しいことを知ることができて、私たち自身にとっても大事な学ぶ機会になっています」。マルチワーカーの採用は、事務局だけで判断せず、親方にも面接に入ってもらい、地域の人たちと手を携えて事業を活発化させている。

 9月下旬にちょっとしたワーケーションのつもりで智頭町の滞在を始めた綿引さん。もう1か月以上になる。アゼストの仕事はもともとリモートだったこともあり、本職も鳥取にいながら対応。仕事に煮詰まった時に、ふとパソコンから目を離して山々の景色を見ると、気持ちがリフレッシュされる。朝の散歩でリラックスしてから業務を始めると仕事がはかどるという。「もはやワーケーションとは言えないですね(笑)。リモートワークの課題は、同僚と仕事場以外の交流をどう作るか。地域事業においては、肌で感じることをなかなか経験できないことが挙げられます。地域の人たちを巻き込むために、自分たちが当事者意識を持つ必要があります。会議の場だけでなく、一緒にお酒を飲んでご飯を食べることで聞ける話もあります。それに、実際に訪ねて住むことで、その地域に愛着が沸く。オンラインの良さはたくさんありますが、オフラインの良さを体感しているところです」と話す。

 将来的には、神奈川と智頭町を半々で行き来する2拠点生活を目指している。「仕事と遊びを区別せず、何においても自然体で臨んでいきたいです。智頭町の皆さんは人との距離が近いんです。地域の方から、『最近はどうなの?』『梨がたくさん取れたからあげるわ』と、よく声をかけてもらいます。家族のような距離感で見守ってくれているんです。私自身も、コロナ禍で人とのつながりを意識するようになりました。智頭町の方々が好きなので、一緒に生きていきたいという思いも強くなっています。そのために調整役のこの仕事にもっとしっかり取り組んでいきたいです。ゆくゆくは個人として成立して、カテゴリー関係なく働く、そんな生き方をしていきたいですね」と笑顔を見せた。

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