大ヒット「エルヴィス」主演30歳の素顔 抜てき前は「家賃やガソリン代に苦労する生活」

エルヴィス・プレスリーの人生を「ムーラン・ルージュ」のバズ・ラーマン監督が映画化した「エルヴィス」が大ヒット公開中だ。1977年に42歳にして謎の死を遂げたエルヴィス役に抜てきされたのは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のオースティン・バトラー(30)。素顔はエルヴィスとあまり似ていないが、劇中では本人そのもの。いかにして「キング・オブ・ロックンロール」と称されたレジェンドになりきったのか?

「エルヴィス」で主演を務めるオースティン・バトラー【写真:ENCOUNT編集部】
「エルヴィス」で主演を務めるオースティン・バトラー【写真:ENCOUNT編集部】

オースティン・バトラーを直撃 「エルヴィス」公開中

 エルヴィス・プレスリーの人生を「ムーラン・ルージュ」のバズ・ラーマン監督が映画化した「エルヴィス」が大ヒット公開中だ。1977年に42歳にして謎の死を遂げたエルヴィス役に抜てきされたのは「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」のオースティン・バトラー(30)。素顔はエルヴィスとあまり似ていないが、劇中では本人そのもの。いかにして「キング・オブ・ロックンロール」と称されたレジェンドになりきったのか?(取材・文=平辻哲也)

 この映画まで、バトラーの名を聞いた日本人は少ないだろう。ディズニー・チャンネルのTVシリーズドラマ「シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ」(2006)でデビューし、キャリアは16年にも及ぶ。トニー賞8部門にノミネートされた舞台「氷人来たる」(18)でデンゼル・ワシントンと共演。その後、ジム・ジャームッシュ監督作「デッド・ドント・ダイ」(19)、レオナルド・ディカプリオ&ブラッド・ピット共演のクエンティン・タランティーノ監督作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(19)に出演した。

 本作はデンゼル・ワシントンがバズ・ラーマン監督にかけた推薦の電話がきっかけとなって、役をつかんだ。

「本当に素敵な出会いがたくさんありました。それまでは家賃やガソリン代に苦労する生活をしていたんです。ヒーローと思っている方たちは自分の期待を超えていました。デンゼルは本当に親切な人で、まさかバズに電話するなんて思ってもいませんでした。いまだにあの彼が自分を知っていること自体が嘘のような、夢のような感じがします。今では、レオ(ディカプリオ)もバズも、ブラッド(・ピット)も僕のことを知ってくれています。彼らは素晴らしいメンター(指導者、助言者)。今は少しずつ注目される存在になっているけれど、その道を通った人から学ぶことができたのは恵まれています」

 本作はメジャー作品でつかんだ初の大役だが、プレッシャーも大きかった。「実在の人物を演じる時はどんな人でもプレッシャーは感じますが、想像以上でした。エルヴィスの場合、いろんな誤解、真実ではないことが信じられてしまっているので、彼の人生を表現する責任も感じました。彼自身、家族が経験したこと、それに見合う作品を作らなければ、と。世界中にファンがいて、今回、初めてエルヴィスと出会う人もいます。その入口になるという責任もあるから」。

 エルヴィスはオースティンにとっても、ヒーローの一人でもあった。「祖母が10代のときが1950年代、エルヴィスが有名になった時代だったんですよね。遊びに行くと、必ず50年代の彼の曲がかかっていました。そこで『ハウンド・ドッグ』『ブルー・スエード・シューズ』『監獄ロック』を初めて聴きました。でも、60年代後半から70年代の楽曲や彼の人生についてはあまり知らなかったんです」。

 役に当たっては約1年半、エルヴィスの歌、映像、書籍などあらゆる資料に目を通した。「大きな贈り物だと感じたのは、全ての面でエルヴィスを知ることができたことです。知らない曲、彼の美しい芸術性にも触れられました。自分はダンサーでも歌手でもなかったので、音楽に体が動かされるっていう感覚を今回初めて知りました。エルヴィスのパフォーマンスで自分自身を解放することができた。振り付けには一切プレッシャーはなく、常に『音楽に楽しい』ということに動かされていったんです。最終的に重要だったのは、自分自身が動かされることでした」。

ステージに上がった瞬間は「自分自身を超越した感じがした」と語ったオースティン・バトラー【写真:ENCOUNT編集部】
ステージに上がった瞬間は「自分自身を超越した感じがした」と語ったオースティン・バトラー【写真:ENCOUNT編集部】

鳥肌が立つほど素晴らしいステージ「エルヴィスの視点で見えた気がしました」

 監督の演出も刺激的だった。「バズは素晴らしいリーダーで、心が広いコラボレーターでした。現場では、誰に対しても『NO』と言わない。『あなたの言っていることはいい』と言ってから、映画のビジョンについて語ってくれる。彼はジャズ・ミュージシャンのような人なのです。音楽理論、楽器を理解して、準備万端の上、現場での瞬間刺激に反応するかを大事にしているんです」。

 その監督からは「エルヴィスそのもの」と称されたバトラーの演技だが、自身がそう感じたのは、まさに現場での瞬間だった。それは、クランクイン直後のステージシーンとなった1968年のNBC-TV放映「’68カムバック・スペシャル」の撮影だ。エルヴィスは1958年に徴兵され、60年に帰国。その後映画出演はあったが、本来のロック歌手としての活動は停止状態だった。

「役作りの間、少しずつエルヴィスの魂とまじり合うような感覚はあったんですよね。でも、実際にカメラが回っていたわけじゃない。『’68カムバック・スペシャル』ではステージに上がることに恐怖心がありました。その瞬間に僕の人生のキャリアアップ、そして、作品のすべてがかかっているわけですから。でも、控え室に行った時に、これはエルヴィスも全く同じだったんじゃないかと気づいたんです。彼は数年間パフォーマンスしていなかったから、同じような恐怖心を持っていただろうし、オレができるのかという自問もあったと思います。それでも、彼はあれだけのパフォーマンスをしたわけだから、僕も同じように恐怖心をエネルギーに変えていこうと思ったんです」

 黒革の衣装に身を包んだエルヴィスがステージで躍動するシーンは鳥肌が立つほど素晴らしい。

「ステージに上がったら、エキストラの観客の方々が本物の感情をぶつけてくれたんです。笑顔になっている女性、ノリノリの男性……。その瞬間に自分自身を超越した感じがしました。幽体離脱じゃないけど、エルヴィスの視点で見えた気がしました。その時に、この映画は、映画を作る以上に、自分を変えてくれる作品になるなと思いました」と振り返る。

 自身の人生観はどう変わったのか。「それには、僕の仕事の話より、世界をどう見るかの話が面白いんじゃないかな。彼の人生の中でも重要な瞬間というのは、自分が信じるものに忠実だった瞬間だと思います。自分自身の直感、魂がこうしろって言っていることにきちんと耳を傾けることを本当がすべきなんだけど、実際は難しいものです。エルヴィスにも、間違った選択もあったかもしれない。けれども、僕は、彼の人生が終わったところから見ることができたので、自分の視点も変わったんですよね」。

 バトラーは準備万端で役に臨み、現場での“今”を大事にして、「キング」になりきった。それは成功を夢見る人にも大きなヒントになるはず。バトラーはこの演技でオスカーを始め、来年の賞レースの有力候補になるのは間違いない。

□オースティン・バトラー 1991年8月17日、米カリフォルニア州出身。ディズニー・チャンネルのTVシリーズドラマ「シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ」(06)でデビュー。その後、トニー賞8部門にノミネートされた舞台「氷人来たる」(18)に出演し、デンゼル・ワシントンと共演。行き場を失った青年ドン・パリットを演じ、絶賛された。ジム・ジャームッシュ監督作「デッド・ドント・ダイ」(19)では、ビル・マーレイ、ティルダ・スウィントン、アダム・ドライバー、セレーナ・ゴメスと共演。クエンティン・タランティーノ監督作「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」(19)では、チャールズ・マンソン率いるマンソン・ファミリーの一員である、テックス役を演じ注目を集めた。

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