蝶野、天山、小島が修行したドイツに未来のスターを発掘するトーナメントがあった

ドイツのプロレス団体wXwが毎年恒例の16人参加のトーナメント「16カラットゴールド」を開催した。2006年より行われているこのトーナメントには過去多くの日本人選手が参戦している。またこのドイツは新日本プロレスの若手選手がプロレスの技術を磨く“遠征先”としても有名だ。

wXw恒例16選手シングルトーナメント「16カラットゴールド」が今年も開催された。 【写真:wXw/撮影:Oli Sandler】
wXw恒例16選手シングルトーナメント「16カラットゴールド」が今年も開催された。 【写真:wXw/撮影:Oli Sandler】

プロレス団体「wXw」が毎年恒例のトーナメント「16カラットゴールド」を開催

 ドイツのプロレス団体「wXw(ウエストサイド・エクストリーム・レスリング)」が毎年恒例の16人参加のトーナメント「16カラットゴールド」を開催した。2006年より行われているこのトーナメントには過去多くの日本人選手が参戦している。またこのドイツは新日本プロレスの若手選手がプロレスの技術を磨く“遠征先”としても有名だ。

 ドイツでのプロレスは、かつて一都市滞在型の興行スタイルが主流だった。新日本プロレスの「第1回IWGP」にも参戦した故オットー・ワンツ率いるCWA(キャッチ・レスリング・アソシエーション)がオーストリアとドイツを約半年かけて北上、グラーツを起点にウイーン、ハノーバー、ブレーメンなど、各都市に数週間滞在し、ほぼ毎日試合を開催していく。

 各都市ではリーグ戦(現地ではトーナメントと呼ぶ)がおこなわれ、「ハノーバー・トーナメント」の名称は日本のオールドファンにもよく知られている。地域によってはサーカスのような巨大テントの中にリングを設置、選手たちはキャンピングカーで寝泊まりをする。キャンピングカーは選手たちの移動手段はもちろん、生活の場でもあったのだ。新日本の若手選手が海外修行でCWAに参戦、蝶野正洋、天山広吉、小島聡、ケンドー・カシンら、この巡業スタイルを経験してから凱旋帰国した選手も多い。地区最終戦がビッグマッチになることが通例で、特にブレーメンでのファイナルは年間最終試合ともあって1万人規模のビッグアリーナで「ユーロ・キャッチ・フェスティバル」と題し開催されてきた。

 しかし、CWAが崩壊するとドイツ、オーストリアではメジャーと呼ばれるような団体はなくなった。総インディー化した欧州マット界でCWAと入れ替わるようにして現れたのが、wXwである。2000年12月にエッセンで旗揚げ。クリス・ザ・バンビキラー、マイケル・コバックらが参戦し、ヨーロッパ以外にも積極的に海外と交流。しだいに全世界から選手が集まるようになり、06年には16選手による3日間のシングルトーナメント「16カラットゴールド」を開催した。以後、このトーナメントはwXw恒例のヒット企画となり、団体規模の拡大とともにスピンオフ的な特別興行も並行しておこなわれるようになっていく。世界レベルの無差別級トーナメントを通過しWWEと契約した選手も多く、人選のよさには毎回うならされる。先物買いのような楽しみが「16カラットゴールド」にはあるのだ。

 また、日本人も多く参戦しており、今年は元DDTで現“#STRONGHEARTS(ストロングハーツ)”の入江茂弘がエントリー。入江は2年連続の参戦となった。日本人の初出場は07年の潮崎豪(現プロレスリング・ノア)と斎藤了(現DRAGON GATE)。以来、毎年のようにエントリーされるようになるのだが、日本ではその実態がほとんど紹介されていない。潮崎&斎藤以降、日本から参戦した選手は以下の通りだ。

08年…丸藤正道、石森太二
09年…高岩竜一、関本大介、SHINGO(鷹木信悟)
10年…関本大介、岡林裕二、kagetora、澤宗紀
11年…潮崎豪、鈴木鼓太郎、佐々木義人
12年…佐々木義人
13年…岡林裕二、忍
14年…KUSHIDA、河上隆一
15年…原田大輔
17年…金本浩二
19年…関本大介、入江茂弘

 また、今のところ、09年の第4回大会でドレイク・ヤンガーを決勝で破ったSHINGOが、唯一の日本人覇者となっている。今年の「16カラットゴールド2020」(6日~8日)は通算15回目という節目の大会となった。会場はオーバーハウゼンのタービネンハレー。巨大な工場を改装したイベントホールで、リングサイドにファンがへばりついて観戦するのも、もはや恒例の風景である。

次のページへ (2/3) 日本マット界常連外国人も出場したトーナメント戦
1 2 3
あなたの“気になる”を教えてください