【週末は女子プロレス#51】スターダム飯田沙耶、マッチョ化転機は木村花さんだった「ゴリラっぽくしてみたら?」

スターダムの“マッチョゴリさん”飯田沙耶がこの夏、ロングランの勝負に出る。飯田は昨年4・4横浜武道館での試合中、ジャンピングダブルチョップを放った際の着地で右ヒザを負傷、長期欠場を強いられた。が、今年3・11品川「NEW BLOOD1」で約11か月ぶりに復帰。現在は順調に試合をこなしており、シングルの祭典「5★STAR GP2022」へのエントリーをかけた「出場権争奪リーグ戦」に参戦する。

スターダムの“マッチョゴリさん”飯田沙耶【写真:ENCOUNT編集部】
スターダムの“マッチョゴリさん”飯田沙耶【写真:ENCOUNT編集部】

長期欠場から復帰した“マッチョゴリ”飯田は長い夏を乗り切れるのか―

 スターダムの“マッチョゴリさん”飯田沙耶がこの夏、ロングランの勝負に出る。飯田は昨年4・4横浜武道館での試合中、ジャンピングダブルチョップを放った際の着地で右ヒザを負傷、長期欠場を強いられた。が、今年3・11品川「NEW BLOOD1」で約11か月ぶりに復帰。現在は順調に試合をこなしており、シングルの祭典「5★STAR GP2022」へのエントリーをかけた「出場権争奪リーグ戦」に参戦する。

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 5★STAR GPは毎年恒例のシングルナンバーワン決定シリーズで、今年は団体史上最多26選手が出場。すでに22名が決定しており、推薦枠の1名が後日発表。残る3枠を若手選手10名によって競うのだが、ここに飯田が入っている。飯田は元フューチャー・オブ・スターダム王者だけに有力候補と思われるが、欠場が長かっただけに不安がないわけではないだろう。6・4水戸から6・28後楽園までの出場者決定リーグ戦で権利を得たとしても、そこから先、7・30&31大田区から10・1武蔵野の森までの本戦が待っている。すなわち、予選リーグからの出場者には本戦終了まで約4か月。はたして飯田は、この長い夏を完走することができるのか……飯田の決めゼリフ「この筋肉とともに!」――?

 まずは飯田に、ケガをしたときの状況を思い出してもらった。

「アッシ、いつもだったら着地のあとにピーンと立てるんすけど、そのときに限ってなぜか転げ落ちるように倒れてしまいまして。試合をしなきゃと思って立ち上がろうとするんすけど、脚がまっすぐにならず……」

 試合はイリミネーションマッチで、飯田は退場第1号となってしまった。最終的に飯田のSTARSは大江戸隊に敗れ、ゴキゲンです☆を奪われてしまう。ゴキゲンです☆がフキゲンです★に変わってしまったあのときが、飯田の苦闘の始まりでもあったのだ。

「最初は、何日間か寝て休んでりゃ大丈夫だろって思ってました。その後のシンデレラ・トーナメントにも負傷を背負いながらも出るつもりでいやしたね。しかし、トーナメントの会見の日(4月7日)、病院で検査を受けたら、右ヒザ前十字靭帯および外側側副靭帯断裂という診断で、手術が必要、試合には出ちゃいけねえってなってしまったんですよ」

 会見ではひめかとの1回戦が発表されるはずだった。飯田は痛々しい姿で会場に現われ、試合の意気込みを述べるのではなく欠場を報告、「巨人、すまん。闘えん」とひめかに謝罪した。さらに、フューチャーのベルトも返上……。

「悔しかったっすね。ようやくベルトを手にしてこれからってときに欠場っすからね。アッシがまだまだやっていかないといけねえ課題とか、ベルトを懸けて闘うべき相手を自分で想像してたんすけど…」

 20年12・20大阪で舞華、上谷沙弥との3WAY戦を制し、飯田がフューチャー王座初戴冠。ここで彼女は王者の規定を「20歳以下あるいはキャリア2年未満」を「20歳以下あるいはキャリア3年未満」に変更するよう要求。これまでなら1か月弱で返上しなければならなかったのだが、資格延長により飯田が新人選手の壁となることが期待された。また、他団体からの挑戦など、タイトル戦の可能性もより広がった。その意味でも功績は大きかったのだが、本人の目論見とはまったく別のところで返上を強いられてしまったのだ。

「意味がなくなってしまい、だいぶショックでしたね…」と飯田。さらにもうひとつの大ショックが、ムキムキ、バッキバキに鍛え上げられた肉体にあった。

「いままでやってきた(トレーニングの)努力が無駄になってしまったと、けっこう自暴自棄に陥るときもありやした。松葉杖ついて外出たら怖いんっすよ、街が(苦笑)。なので、家にずっと引きこもってて、やることない、あ~あ、みたいな…。もういいやって投げやりになって、けっこう爆食してた時期もあったんすよ。ホント、その頃って気持ちの上がり下がりが激しかったです」

 しかし、「上半身は元気」だったのが不幸中の幸いだった。入院から手術、退院を経てリハビリをスタート。ケガから1か月後にはパーソナルジムでトレーニングを開始。ヒザには装具をつけた状態だが、できる範囲で上半身を鍛えていった。かつてのトレーニングとの落差に落ち込むこともあったというが、筋トレはなによりの支えになったようだ。「このままじゃいけねえって、自分を奮い立たせていましたね」

次のページへ (2/3) 上半身の筋肉量は欠場前以上「筋肉を増量して、髪の色も変えて(笑)」
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