大蔵省職員→探偵 異例の転身 「探偵の怪しいイメージ払拭」にまい進する壮絶人生

「探偵はうさんくさい」 イメージを変える集団を目指す

 周りに相談相手がいないのであれば、気軽に寄ってもらえたらなと思っています。目指しているのは「探偵のコンビニ化」です。人の役に立ちたいと言ったら変ですけど、うちでよければ相談ぐらい乗りますし、何かいい方法を見つけられたらなというのがあります。

 探偵というと、どうしてもうさんくさいとか、怪しいというイメージが当たり前の職業ですよね。残念ながら、実際に探偵業界の8割が悪徳業者だと言えます。そういうイメージを変えたいと思っています。

 アメリカでは弁護士と同等と言われるぐらいの地位の高い職業なんですよ。州によっては銃の携帯を許されていますし、いろんなメリットがあります。日本でも2007年に探偵業法ができて、多少はまともになったんですけど、それでもまだ、うさんくさい、怪しいとしか言われていない。日本では書類を出せば、誰でも探偵になれてしまいます。免許制になるんじゃないかと言われていますが、まだですよね。うちが大きくなれば探偵のイメージも変わると思ってやっています。
 
 依頼主さんとはLINEのやりとりを頻繁にします。普通なら依頼主さんとそんなにしゃべらないですけど、僕はずっとしゃべりますね。電話もしますし、「1人で悩むくらいなら、病んでいるなら僕らに何でも言ってください」と伝えています。最後に「ありがとう」と言ってもらえたら、それはお金よりもありがたいかなと思いますので、それを大切にしています。

 探偵は最高の職業です。今、人を裏切って当たり前の世の中になりました。でも、依頼主さんからしんどいときも「栗村さん、もうひと踏ん張り頑張ります」とか、こんなことを言ってもらえるなんて、本当に最高だなと思います。東日本大震災で大船渡の実家が津波で流され、おふくろは仮設住まいになりました。亡くなった友人もいっぱいいます。会社が少しずつ、大きくなってテレビにも出るようになって、「すごいね、人助けしながらかっこいいよ」と言ってくれました。その人たちの思いも乗せて、まともにやっていけたらなとは思います。

 家に依頼主さんからもらっている手紙が200通くらいあります。それだけは宝物かなと思います。僕は孫(正義)さんにはなれないですけど、孫さんに勝っているとしたら、そこ(依頼主に尽くすこと)だけは僕、勝てると思います。一番つらいときに寄り添える、そういう人間でありたいです。一番弱っているときに、寄り添える会社にしたいですよね。そしたら、大蔵省を辞めた意味があるのかなと思います。

 僕らが忙しいようじゃいけないですけど、少しでも世の中の役に立つというか、1人でも多く助かったと言ってもらえるような探偵業界にしていきたいです。

□栗村崇(くりむら・たかし)1972年7月19日、岩手・大船渡市出身。高校卒業後、大蔵省に入庁。その後、運送業、不動産業などを経て、探偵に転職。2005年に独立し、岐阜県各務原市で総合探偵社「シークレットジャパン」を創業。22年4月現在、全国に80店舗を展開している。

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