パッション屋良、現在は沖縄でジム経営 借金1000万円超のどん底も経験…波瀾万丈の道のり

「Passion’s Fitness PPP」のトレーナーとして活動中
「Passion’s Fitness PPP」のトレーナーとして活動中

“東京再進出”も視野「20年後ぐらいにまたブレークするんじゃないかな(笑)」

 そんなタイミングで出会ったのがパーソナルトレーニングだった。沖縄へ戻ったことで食事量が増え、運動量は減少、その結果が“激太り”。「これはまずい」と挑戦したことがきっかけだ。約20キロの減量に成功したことでパーソナルトレーニングというものに興味を持ち、そのまま“バイト感覚”でトレーナー人生をスタートさせた。

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 トレーナーに挑戦してから約1年。「いろいろ自分の中でやりたいことが広がってきた」と、独立を決意。「Passion’s Fitness PPP」を地元の名護で起ち上げた。

 当時はあまりパーソナルトレーニングというものが浸透していなかったこともあり、「高すぎる」と批判を受けることもあったというが、徐々に広まると軌道に乗ってきた。教え方の違いはあれど、元々体育教師を志していたこともあり、トレーナーという職業の魅力にどっぷりとハマっていった。

「(教えた人たちが)結果を出す姿を見ると自分のことのようにうれしいですね。お笑いだと、笑ってもらうという形で喜びを共有できたところがやりがいでした。でも、1対1でサービスを提供することで、人の変化を間近で感じ取ることができる点は、自分にとってはより達成感でした。笑いとは違う形での充実感が得られましたね」

 現在では2店舗目のオープンやフランチャイズ出店などの事業拡大も控えているが、その先も見据えている。

「東京にも出したいなって考えていますよ。東京に限らず、福岡や大阪でも出せたらという夢はもちろんあります。まずは地盤を固めなきゃいけないので、県内でまずは何店舗か持てるようになって、ある程度自分が現場を離れて動けるようになれば、いろんな面白いことにチャレンジできるかなとは思っています」

 さらに芸人としての“東京再進出”も目論む。「パッション屋良を引退することはまずないと思っています。60歳や70歳のおじいちゃんになって胸をたたいているほうが逆に面白いんじゃないかなと思ったりもしています。20年後ぐらいにまたブレークするんじゃないかなって」と冗談交じりに笑いながらもその目は真剣だ。

 上は14歳、下は8歳と4人の子どもと妻を支える一家の大黒柱。「これから子どもたちもお金がかかる年齢になってくるので、全ての選択肢を与えることは無理でも、ある程度の選択肢が与えられるような環境は作ってあげたいです。僕が苦学生だったこともあるのですが、自分の子には金銭的な苦労とは違う形での苦労をしてほしいですね」。

“どん底”を経験した屋良だからこそ、見ることができる未来がある。「んー!」の叫び声が日本中に再び響きわたる日も遠い未来の話ではないだろう。

□パッション屋良(本名:屋良朝苗)1976年7月23日、沖縄・名護出身。2000年にコンビ「サミット75」を結成。04年からピン芸人・パッション屋良としての活動をスタートし、06年頃に大ブレークを果たした。現在は地元・沖縄を拠点に「Passion’s Fitness PPP」を経営している。

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