パッション屋良、現在は沖縄でジム経営 借金1000万円超のどん底も経験…波瀾万丈の道のり
「んー!」の叫び声とともに胸を強打するギャグで一世を風靡(ふうび)したお笑い芸人のパッション屋良(45)。現在は地元の沖縄・名護に戻りパーソナルトレーニングジム「Passion’s Fitness PPP」を経営している。大ブレークから一転、1000万円を超える借金を背負うなど“どん底”も味わった屋良に紆余曲折の道のりを聞いた。
「んー!」のギャグで一世を風靡したパッション屋良の現在地
「んー!」の叫び声とともに胸を強打するギャグで一世を風靡(ふうび)したお笑い芸人のパッション屋良(45)。現在は地元の沖縄・名護に戻りパーソナルトレーニングジム「Passion’s Fitness PPP」を経営している。大ブレークから一転、1000万円を超える借金を背負うなど“どん底”も味わった屋良に紆余曲折の道のりを聞いた。(取材・文=中村彰洋)
体育教師になるという夢を抱き、大学進学を機に沖縄から上京した屋良。当時からお笑い芸人への憧れはあったが、胸の中に留めていた。そんな屋良の人生を東京という街が変えた。
「ちゃんと先生になって地道にお金を稼ごうと上京したはいいものの、テレビをつければ面白い番組が流れているし、毎日当たり前のようにライブが開催されている。田舎者の僕からしたら、何もかもが刺激的でした。ちょうど大学に通っていた時期に『爆笑オンエアバトル』を見ていて、『あれ? 俺も出られるんじゃないかな?』ってなっちゃって、気付いたら道を外してしまっていました(笑)」
あふれ出した芸人への思いは止まらなかった。「親にも応援してもらっている以上は中途半端な形で大学を辞めるなんて言えない」という思いから、しっかりと大学は卒業し、教員免許も取得。しかし、進路は“芸人一択”だった。
卒業後は、先立って芸人を志していた幼なじみと「サミット75」というコンビを結成し、芸人人生をスタートさせた。マセキ芸能社への所属も決まり、順調かと思われた。しかし、約4年でコンビ活動に終止符を打った。
「コンビってうまくいっているときはいいんですけど、スベり始めたらお互いのせいにしちゃうんですよね。コンビとして機能しなくなってしまい、『どうせスベるなら自分1人でスベったほうがいいな』って思ったんです。本当は怖かったんですけど、どうせならピン芸人になって、自分で責任を全部背負えるようになったほうがいいなって。そこから“パッション屋良”が生まれたんです」