鬼軍曹・山本小鉄さんの目はごまかせない 桜吹雪が舞い散る季節に思い出すこと

「ストロングスタイルは1日にして成らず」

 レオン・スピンクスとの異種格闘技戦(1986年10月)を控えた猪木の沖縄キャンプに密着取材したときのこと。暑い沖縄のアップダウンの激しい道を、ロードワークする猪木をレンタカーで追いかけたが、若手選手を置いていくほど猪木のペースは速かった。日ごろから走りこんでいることを改めて感じさせたものだ。創設者・猪木をして走ることを大切にしていたのだから、新日戦士の土台は、各自がそれぞれのペースで、多摩川の土手を走るロードワークで作り上げられる。四季折々の風景にとけ込みながら走る。1998年までプロ野球の巨人軍多摩川グランドも近くにあり、巨人の選手と新日戦士があいさつを交わしていた。

 春らんまん、桜の季節には、散った桜の花びらが髪や肩に付く。何とも風流だが、そのまま道場に帰ると「よし、よし、ずいぶん走り込んできたな」と先輩からほめられる。「練習の鬼」故・山本小鉄さんは「ロードワークは、スタミナがつくから、必ずやらなきゃダメだ。基本中の基本」と厳しく指導していた。

 とはいえボクシング映画のように、走る選手の横を自転車で伴走することはなかった。選手全員が一斉にロードワークをする訳ではない。小鉄さんは道場に残って、リングでの練習を見ていたからだ。

 鬼軍曹と恐れられた小鉄さんに、何とか認められたい。頭をひねって秘策を生み出した者もいた。ろくに走らず、桜の花びらだけを大量に体中につけて道場に帰るという不届き者が現れた。

 髪の毛や肩が桜の花びらまみれ。意気揚々と「走り込んできました!」と報告するも、小鉄さんが不正行為に気づかないわけがない。一瞥(いちべつ)した小鉄さんは「このバカもの!」と、愛の鉄拳制裁。「ずいぶん時間はかかったけれど、汗をかいてないじゃないか! それに息もあがってない。おそらくその辺で桜の木を揺すって、花びらだけいっぱいつけて来たんだろ」。小鉄さんはすべてお見通しだった。

「もう1回、走ってこい! その後は、ヒンズースクワット3000回! 分かったか」

「え~」とへなへな座り込む若手選手。

「ローマは1日にして成らず」同様「ストロングスタイルは1日にして成らず」といったところか。

 毎年、春が来れば桜が咲く。「桜咲けども 人 同じからずや」と言うが、新日プロの選手は移り変わっても、多摩川の桜は今年も咲き誇るだろう。さまざまな出来事を見て来た桜の木々は、きっとこれからも選手たちを見守っていく。

次のページへ (3/3) 【写真】リングを離れれば優しい笑顔の山本小鉄さん
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