菅沼孝三さん追悼インタビュー プロのドラマーとして最後まで大切にしていたこと
愛娘SATOKOと遊びながら一緒に練習した日々
15歳でプロになり、その後、CHAGE&ASKA、DREAMS COME TRUE、谷村新司、LOUDNESS、吉川晃司、織田哲郎、TOSHI(X JAPAN)、GACKT、工藤静香ほか、数多くのアーティストのスタジオワークやコンサートツアーなどをサポートし、国内だけでなく海外の名だたるミュージシャンと共演も果たすなど、まさに日本を代表する唯一無二のドラマーとして活躍した。
そんな菅沼さんだが、独特な演奏スタイルから「手数王」(=てかずおう)と呼ばれていた。そのニックネームのきっかけについて聞くと「“てすうりょう”(=手数料)じゃないですよ(笑)」と冗談を交えながら話してくれた。
「大阪にいた時代は東原力哉さん(※1)と僕は2大ドラマーとして知られていたんですが、26歳で上京したとき、東京では誰も僕のことを知らなかったんです(笑)。そんな中でドラムの教則ビデオを出すことになってね。ビデオのタイトルを考えているうちに出版関係者が『手数王ってどうですか?』って。
『てすうおうって何?』って聞いたら『いや違います。“てがずおう”です!』だって(笑)。僕の演奏スタイルって手数が多いからそれを表現した一言なんですけど。『それ面白いから使おう!』ってなってね。そしたらビデオがめっちゃ売れたんですよ(笑)。そっからですね」
(※1)日本を代表するフュージョンバンド「ナニワエキスプレス」のスーパードラマー。
取材した2007年、都内にあった音楽学校でプロを目指す若者にドラムを教えていた。生徒に教える上で大切にしていることや苦労話を聞こうとしたとき、「だったら授業見てみます? 見た方がよく分かりますよ」と言って予定になかったレッスン風景を見学させてもらった。生徒も菅沼さんもお互いに真剣なまなざしだったが、緊張感とはまた違う、とても穏やかな雰囲気で数名の生徒を前にいろいろなリズムの反復練習を長い間、淡々と行っていた。
「よくプレーヤーって教えるのが嫌いという人もいますけど、僕は20歳ぐらいから教えることをやっていて、好きなんですよ。新しい奏法を探していくのが好きでね。どうやったら効率の良い練習ができるのかなって合理的な奏法を模索したりしているんです。
でもテクニックは合理的な練習をすれば素早くできるようになるけど結局フィジカルとメンタルの両方が必要な楽器ですから反復練習しかないんですよ。どれだけたたくかっていうレベルに尽きるかなと。テクニックと演奏の両方が上手くかみ合って、はじめてドラミングができるということですからね。どちらから始めても構いませんが、遊びながら練習するのが大事ですね。実はうちの娘(SATOKO)もドラマーなんですが、一緒に遊びから両方を追求してきました」
愛娘「SATOKO」さんも13歳でドラムを始め、ロックバンド「FUZZY CONTROL」の活動やDREAMS COME TRUE、稲葉浩志、吉川晃司、花澤香菜、スガシカオ、山本彩、大黒摩季のサポートなど、父親と並び日本を代表するドラマーとして活躍する。
「彼女は僕よりも忙しく活動していて最近は僕が娘から学ぶことも多くなってね。娘には『お父さん、サウンド古いよ~!』って言われていてジェネレーションギャップみたいなもんを感じますよ(笑)。でも、それを拒否してしまうと僕も成長できないから『じゃあ最近どんなんはやってる?』って聞いて、そしたら『最近のサウンドってこんな感じ』って娘が教えてくれてね。その代わり僕も娘に『古き良きモノを学べよ~』って言って僕のゆるーいスネアを持たせてレコーディングさせたりしてます(笑)」