【週末は女子プロレス♯34】昨年末で活動終了 アクトレスガールズは女子プロレス界に何を残したのか

本間多恵&尾﨑妹加【写真提供:山川隆一】
本間多恵&尾﨑妹加【写真提供:山川隆一】

振り返りたいアクトレスガールズの歴史

 ではここで、アクトレスガールズの歴史をあらためて振り返ってみたい。

 15年9・6新木場での旗揚げメンバーは、まなせゆうな、安納サオリ、尾﨑妹加、播磨佑紀(現・相羽あいな)、本間、万喜なつみ(現・なつぽい)、ガブ・ガブリエル・ガブコ、角田奈穂、仁科鋭美、高木友の10名。10月11日に安納がスターダムのリングに上がり、初の他団体参戦を実現させた。12月26日にはREINA後楽園で初めて他団体に試合を提供。

 16年1月から他団体選手の参戦がスタートし、3月16日には万喜がスターダムに登場、同日、同じリングで安納の「チャレンジマッチ」がスタートした。8月には女子プロ界のレジェンド堀田祐美子がアドバイザーに就任(18年3月にプレイングマネジャーに)、アクトレスガールズに全女イズムを叩き込んでいく。11月3日には万喜がJWP認定ジュニア&POP王座にチャレンジ。アクトレスガールズで初のベルト挑戦となった。

 17年7月30日には安納がPOP王座を獲得、所属選手で初めてのタイトル戴冠を成し遂げた。10月15日には本間が安納に挑戦、アクトレスガールズ同士のタイトルマッチはこの試合が初めてだった。12月24日には初参戦の沙紀(現SAKI)が入団、アクトレス出身ではない女子プロレスラーが新風を吹き込むこととなる。

 18年9月には団体初のタイトルが創設され、AWGシングル王座決定トーナメントがスタート。初の聖地進出となった11月15日の後楽園ホールで安納が初代王者に輝いた。この日、カラーズの旗揚げが発表され、19年1月20日に新木場でスタート。アクトレスガールズが2大ブランド体制となった。4月には本間がメキシコ遠征。所属選手として初めて本格的な海外遠征を経験した。

 8月14日には筋肉アイドル才木令佳が安納を破り第2代AWGシングル王座を獲得、団体の至宝が他団体に流出した。が、才木が負傷によりベルト返上、11月6日、高瀬がトーナメントを勝ち抜き第3代AWGシングル王者となった。この年の最後、団体の顔でもあった安納が退団し衝撃が走った。翌20年3月には有田ひめか(現ひめか)も団体を去る。4月にはSAKIがAWGシングル王座を奪取しカラーズにベルトをもたらすも、7月に堀田がプレイングマネジャーを辞任。秋には川畑梨瑚、角田も退団、戦場を外部に求めた。

 21年1月には未依が初代カラーズ王者となり、2月には待望のAWGタッグ王座が新設され、本間&尾﨑組が初代王者となった。6月には高瀬がwaveのシングルリーグ戦で優勝の快挙も、その後、腕の負傷から欠場へ。8月13日には関口&青野組が第2代AWGタッグ王者となり、10月には向後がメキシコCMLLに参戦を果たした。

 しかし、11月14日に年内をもってのプロレス団体活動終了がアナウンスされ、12月13日に最後の後楽園ホール大会を開催。18日の横浜ラジアントホール大会がラストプロレス興行となり、25日には、前年11月にスタートしたミックスメディア舞台作品「アクトリング」をプロレス団体として最後の開催。プロレス団体のアクトレスガールズが終了した31日、高瀬がディアナ「POST DI AMISTADこけら落とし興行」でWWWD世界シングル王座決定トーナメント1回戦を突破すれば、青野はアイスリボン後楽園に参戦し試合後には「私はアクトレスガールズを守っていくと決めたので」とコメント。継続派と残留派、対照的なラストでもあった。

 振り返ってみれば、現在他団体で活躍する尾﨑、中野たむ、なつぽい、安納、有田(ひめか)、角田、川畑はアクトレスガールズの出身だ。こうしてみても、アクトレスガールズが女子プロ界に果たした役割は非常に大きいと認めざるを得ないだろう。まさに人材の宝庫。と同時に、離脱の歴史はある意味、プロレス団体の宿命でもあるのだ。

 そもそも、今回の方針転換は新型コロナウイルス禍による収益の悪化が最大の原因。それだけに、コロナ禍がなければどうなっていたかと考えてしまう。いずれにしても、両サイドの活躍を願うとともに、プロレス界を選択した選手たちの動向にも注目したい。

次のページへ (3/3) 【写真】女子プロ中心の活動を選んだビギニングの高瀬みゆき
1 2 3
あなたの“気になる”を教えてください